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――夜の帳が下りた頃,リディアは客室を出て,階下のおかみの寝室へ向かった。
「まだ起きていらっしゃるかしら……」
まだこの国では一般的には流通していない懐中時計を確かめながら,彼女は呟く。
時刻は夜九時。就寝するにはまだ早いと思うけれど,今日は急きょ皇族(リディアのことである)が宿泊することになり,しかもつい先刻まで食堂では酒盛りが行われていたので,おかみは給仕やら後片付けやらでバタバタしていた。だから,もう疲れて休んでいるかもしれない。
酒盛りの席では,リディアも手伝いを申し出たのだが,おかみからは困った顔で,「お客様に,それも姫様に手伝って頂くなんてとんでもない!」と断られた。
「ですが,姫様のお優しいお気持ちだけは,ありがたく頂いておきますね」と,おかみは嬉しそうでもあった。
(わたしって,そんなに優しいのかしら?)
リディアは一階の暗い廊下を,左手に持つランタンの灯りで照らして歩きながら,首を傾げる。



