レーセル帝国物語 皇女リディアはタメグチ近衛兵に恋しています。

「――あ,この髪留め,今も大事に使ってくれてるんだな。ありがとう」
デニスがリディアの髪(かざ)りに気づき,嬉しそうに微笑(ほほえ)んだ。大きな手を伸ばし,それをいとおしそうに()でる。
「ええ,もちろんよ。だってこの髪留めは,わたしの一番大切な宝物なんだもの!」
リディアは幼なじみの仕草にドキッとしながらも,(ゆた)かな胸を張った。
この髪留めは,デニスからの初めての贈り物。城下町の雑貨店で売られている,決して高価ではない品だけれど。当時十二歳だった彼女にとって,これをデニスが自分のために買ってくれたということが,どんな高価な装飾品よりも価値(かち)のあることのように思えたのだ。
以来彼女は,この町娘の姿で彼と出かける時には必ず,この髪留めを着けるようにしている。
「ただね,ドレスの時には着けられないの。何だか合わない気がして……」
リディアは申し訳なさそうに,肩をすくめた。本当は,肌身離(はだみはな)さず(就寝(しゅうしん)時や入浴時などは除外(じょがい)して)着けていたいのだけれど。
「どうしてだ?着ければいいのに。リディアの髪に()えるのを選んだんだから,どんな服にでも合うはずだぞ」
デニスはそう怒った様子もなく,リディアに言った。