レーセル帝国物語 皇女リディアはタメグチ近衛兵に恋しています。

デニスが応接の間を後にすると,リディアも城の(おお)階段を上がった。二階にある自室で着替えて,旅の支度を(ととの)えるために。
彼女は侍女の手を借りなくても,自分の身支度ができる。それはこういう侍女を連れて行けない旅の時でも困らないように,幼い頃より訓練していたからである。
リディアは動きにくいドレスから,純白の詰め襟風のブラウスに赤茶色のベスト,黒の膝下丈(ひざしたたけ)のスカートに革の編み上げブーツという,町娘風の服装に着替えた。豪華(ごうか)装身具(そうしんぐ)は全て外し,ポニーテールに着けたのは昔デニスから(おく)られた木彫(きぼ)りの髪()めのみ。
宿泊用の荷物を詰めた麻袋を()げて城を出ると,ちょうど着替えを済ませたデニスが宿舎から出てきたところだった。彼も生成(きな)り色のチュニックに黒のベスト,黒い革の下衣(ズボン)に革の編み上げブーツという町人風の服装だ。――護衛(ごえい)する関係で,剣は鞘ごと腰に装備しているけれど。
「リディア,待たせたな」
「ううん。わたしもたった今,来たところなの」
デニスも麻袋を提げているが,見るからに中の荷物は少ない。
「しかしまあ,リディアの荷物はいつ見ても多いな」
「仕方ないでしょう?女は何かと物()りなんだもの。――ところでジョンは?」