「おいしー!本当にここの店の冷麺美味しいわね」
 「おまえ、本当に好きなんだな。変わってねーな」
 「好みはそんなに簡単に変わらないわ」


 夢中で食べてしまい、油断したところを見られてしまい慌てて反論すると、千絃は面白そうに笑っていた。


 「おまえ、試合後の打ち上げで焼き肉とか行っても肉食べないで冷麺ばっかり食べてたよな。2杯目とか」
 「よく覚えてるわね、そんな事」
 「面白かったからな」


 クククッと笑う千絃を見て、当時の事を思い出してしまう。彼はいつも私の隣に座り、同じようにからかってきていた。けれど、それは悪い気分にならずに、当たり前の日常になっていたのだ。
 だからだろうか。こうやって一緒に食事をしたり、話をすると心地よく感じてしまうのは。


 「剣道、まだ続けてるのか?」
 「ううん。筋トレとか素振りぐらい。お世話になってる道場には時々顔を出してるけどね」
 「そうか………」


 千絃と響は幼い頃から剣道を習っていた。道場も部活を同じで、幼馴染みでもありライバルでもあった。
 だからこそ、千絃にも「剣道してる?」と聞きたかったけれど、響にはそんな勇気はなく、その言葉と飲み込んだ。


 「あ、千絃は仕事でしょ?食べ終わったら自分で帰れるから大丈夫だよ」
 「………あの動画で大分有名になってると思うけど、そのまま駅に行くのか?」
 「え………」
 「さっきから、近くの客の視線を感じるんだけどな」
 「えぇ、うそ……!?」


 響は慌てて、キョロキョロと周りを見る。すると、斜め横の若いサラリーマンの2人が響と目が合うとあからさまに体を背けた。確かに彼らにはバレているようだった。
 剣道の選手としてそれなりに有名ではあったけれど、マイナーなスポーツではなかったため今までそこまで声を掛けられた事はなかった。大きなテレビ番組やニュースで取り上げられた直後は多かったけれど、引退後しばらく経つので落ち着いてきたはずだった。だが、やはり知らない人に声を掛けられるのは気まずい気持ちになってしまう。
 響は仕方がなく千絃に頼んで、今日も自宅まで送って行っても貰う事にした。