その、やわらかくて、明るい笑顔を見た瞬間。
 あ、そうか、と思った。

 わたし、颯ちゃんの笑った顔が見たかったんだ。

 だから、昔颯ちゃんが好きだったケーキを、自分で作ろうと思ったんだ……。

「よかった」

 ほっとして、安堵のため息がもれる。

「何が?」

「ん。なんだか、今日の颯ちゃん、元気がないように見えたから」

「そうか?」
「うん。ゆうべだって、ラインの返事なかったし」
「ああ。……ごめんな、寝落ちしてしまったみたいで」
「あっ、いいのそれは。気にしてないから。ただ、ほんとに颯ちゃんに何か悩みがあるんだったら、わたし、力になれないのは嫌だなって」

 颯ちゃんがじっとわたしを見ている。
 どぎまぎして、わたしは目をそらしてうつむいた。

「わたしばっかり、颯ちゃんに頼って、甘えてる気がして。……申し訳なくて」

「バカだな、由奈は」

 静かな、優しい声が降ってくる。

「そんなこと気にすんなよ。おれ、べつに何も悩みなんかないし」

「でも、この間から、わたしに何か言いたそうにしてたから」
 わたしは顔を上げた。

 すると今度は、颯ちゃんのほうがわたしから目をそらした。

「……それは」

 それは……、なに?

 颯ちゃんがふたたびわたしの目を見る。
 瞬間、心臓がとくとくと早鐘を打ち始めた。

「由奈、おれは」

 颯ちゃんが何かを言いかけた、その時。

 コンコン、と、ドアがノックされた。

「颯太、由奈ちゃん。入ってもいい?」

 おばさんの声。
 そういえばわたし、あいさつもまだしていなかった。

 入れば、と、颯ちゃんがぶっきらぼうに答えると、ドアが開いた。

「由奈ちゃん、いらっしゃい。ひさしぶりね」
 おばさんはにっこり笑った。

「お、お邪魔してます」
 ぺこりと頭を下げる。

 おばさんは、涼し気なアイスブルーのサマーニットに、細見のジーンズ。長い髪をヘアクリップでくるりとまとめていて、相変わらずきれい。

 ……だけど、少し痩せた? 
 それに、なんだか疲れているように見える。

「由奈ちゃん、よかったら、今日、うちでごはん食べて行かない?」
「えっ」
「カレー、たくさん作りすぎちゃったのよ。私と颯太とふたりじゃ余っちゃうわ」
「でも……」

 颯ちゃんとふたり? ……おじさんの分は?

「母さん。いきなりそんなこと言われても由奈も困るだろ?」
 颯ちゃんが会話に割って入った。
「由奈んちだってもう晩飯の準備してるだろうし」

 な、と、同意を求められて、わたしはこくこくとうなずいた。

「ありがとうございます。ごめんなさい、ごはん時にお邪魔しちゃって。わたし、そろそろ帰りますね」

「あらあらそんな、気を遣わなくてもいいのに」
 おばさんは残念そうに眉を下げた。