早く岩時城から抜け出したい。

 大地の心はその思いに囚われてしまい、焦れば焦るほど感情に左右されていく。

 自分の力を思い通りに扱えない。

天璣(フェクダ)!」

 海神(ワダツミ)の杖を、トワケと姫榊(ヒサカキ)達に向けて放つ。

 『天璣(フェクダ)』は、光を生み出す力である。

 トワケはどうやら、この力を最も得意とするらしい。

 大地の力を確認し、レベルの上がり方を見極めるにはもってこい、というわけだ。

 杖の先から、鋭い光が放たれる。


 ────カッ!


 生まれた力は一瞬だけ、パッと明るく輝いた。

 けれど、しばらくの後、トワケ達の目の前で消滅してしまう。

 静寂と暗闇があたりを包む。

 武器工房は、力を使う前よりも薄暗い場所へと姿を変える。

「たわけっ!」

 トワケの杖から勢いよく稲光が飛び、大地の額にスコーン! と当たる。

「いてっ!」

 老人のこめかみには、青筋がピクピクと浮かび上がっている。

「闇が生まれたではないか!」

 武器工房全体に、老人の怒号が響き渡る。

「そなたは何を考えながら力を使っとるのじゃ! 集中せんか、集中!」

 低い声は微弱な地震を発生させ、騒々しいことこの上ない。

 姫毬たち女性陣は、あまりにもうるさいので、思わず耳を塞いでしまう。

「あー…………早くここ出てぇなー…………とか?」

「たわけっ! んな邪念が混ざってるから、力が黒く濁るのじゃ! ただでさえバカ力なのじゃ、使いこなせぬうちは(恐ろしくて)そなたを行かせられぬではないか!」

「あーもう! わーってるよ!」

 珍しく大地は逆切れした。

 言われなくてもわかってる。

 だが、こうしている間にも、さくら達に危険が迫っているのだ。

 焦るなという方が無理である。

 その後も大地は根気強く、何度も何度も『天璣(フェクダ)』を放つ特訓をした。

 だが。力を使いこなそうと大地がもがき苦しみ、疲れれば疲れるほど、暗闇がどんどん大きく広がっていく。
 
「大地よ。こう、する、のじゃ!」

 トワケは目を瞑り、よく通る低い声で「天璣(フェクダ)!」と唱えた。

 
 ────グアッ!!!


 ぎゅっと目を瞑る。

 まばゆい光が一瞬にして生み出され、光を直視できなくなる。

「最初は声を出し、イメージを固めてから打て。その方が力を集中させやすい」

 大地は唖然とした。

 スケールがまるで違う。

 念の動きも、術の力も。

「何度も練習すれば我の天璣(フェクダ)と同等の力を放つ事は可能じゃ」

 そなたならば。

 と小声で老人は呟いた。

「…………嘘だ」

「今更、嘘をついてどうなる」

 とても出来そうにない。

 現に今、出来なかったではないか。

 大地は全く自信が持てない。

 トワケは自分と姫榊たちに、強力な天璇(メラク)のバリアをかけた。

「もう一度。思いっきりやってみよ!」

 大地は頷き、もう一度目の前の面々に向けて、海神の杖を構えた。

天璣(フェクダ)!」

 今度も光ではなく、杖の先からは大きくて真っ暗な闇が現れた。

 武器工房全体をその闇が包み込み、何も見えなくなってしまう。

 それを見て、トワケは再度「天璣(フェクダ)」と唱えた。

 光と闇がグルグルと混ざり合う。

 やがてしばらくの後、トワケの『天璣(フェクダ)』が勝利した。

 武器工房には再び光が広がり、トワケや姫榊たちの姿が見えてくる。

「そんな事では、いつまで経ってもそなたはここから抜け出せぬ」

 トワケは急に、武器工房のテーブルの上に、シンプルな文様が刻まれた白色の茶器と皿を出し、それに向かってぶつぶつと念を唱えた。

 すると。

 茶器の中には優しい香りがするお茶と、皿の上には小さくて丸い饅頭が五つ、ポンと姿を現した。

「それを食って、少し休め」

 女性陣を手招きして同席させ、それぞれの顔を見やりながら茶をすすり、トワケは他愛の無い話を始めた。

 トワケ自身も数々の冒険をしたのち、高天原からこの世界へやってきたこと。

 この岩時城が立っている場所がすっかり気に入り、死ぬまで住もうと決めたこと。

 ほのかに甘い香りのする茶は体を癒し、たっぷりと餡が入った饅頭は、大地の力をめきめきと復活させてくれる。

 饅頭はひとつ食べると皿の上に、もう一つ現れた。

 大地は新しい饅頭にも手を伸ばす。

『そういえばずっと、腹が減ってたんだよな』

 岩時城に来る前から。

 来たあとも、何かを食べたり休んだりする気になど、ならなかったから。

「大地よ。そなたの話をもう少し、我に聞かせてはくれぬか」

 トワケに質問されたのは主に、大地が『隔離室』に入っている間の出来事や、龍宮城からさくらの様子を見守っている時の出来事だった。

 大地は饅頭を食べながら、覚えている範囲でトワケにゆっくりと語って聞かせた。

「なるほどのう。そなた、大切なことをまだ忘れておるのかも知れぬの」

 老人は立ち上がった。

「ほれ、続きじゃ」

 女性陣も立ち上がり、続いて大地も立ち上がった。

 ほんの少し休んだだけだが、心が癒され、力が満たされ、復活できた気がする。

 大地は気持ちを切り替えて、もう一度トワケに向かって『天璣(フェクダ)』を放った。

 すると今度は、眩しくきれいな光があたりを包み、闇に変わることは無くなった。

 ようやく、大地の『天璣(フェクダ)』が完成された。

 トワケは大地が生み出した光を見ながら感心し、満足そうに頷いた。

「やはり。『天璣(フェクダ)』の練習から始めて、正解だったようじゃの」

「……覚える順番ってそんなに大事なのか?」

 大地はずっとトワケに対し、疑問を口にしていた。

 なぜ、先に天枢(ドゥーベ)を教えてくれないのだ、と。

 扉の間へ最短で着き、元の場所へ一刻も早く戻りたい。

 そんな焦りが、大地の気持ちを天枢(ドゥーベ)の習得へと、駆り立てていた。

「そなたが感情の制御を学ばねば、我はそなたを止められぬ。我が持つ『天枢(ドゥーベ)』は空間を把握できるだけで、空間を構築するところまではできぬのじゃ」

 トワケによると、『反転の力』を使える者がどういった成長を遂げるのか、教える側は全く予測できないのだという。

「我が持っておる力の中で、そなたの闇を生み出す力に対抗出来るのは、おそらく、最上位になっておる『天璣(フェクダ)』だけなのじゃ」

 もし仮に、先に大地が『天枢(ドゥーベ)』の力を最上ランクのレベルまで覚えてしまった場合、空間を破ったり壊すことが可能な『黒天枢(クスドゥーベ)』の力も、簡単に使えてしまう可能性がある。

 『黒天枢(クスドゥーベ)』の力は強大すぎて、とてもトワケの手には負えない。

 大地がもしも『黒天枢(クスドゥーベ)』で暴走を始めてしまった場合、誰にも止められなくなってしまう。

「じゃが、そろそろ『天枢(ドゥーベ)』を教えるとしよう。『天璣(フェクダ)』を完璧にマスターし、コントロールできるようになってきたようじゃからの」

「────なあ。俺の力って」

 そんなに……強いのか。

 言葉にするのが怖くなる。

「得体の知れぬ強さじゃ。そなたはまず、力を抑えることを先に、学ばねばならぬ」

 大地は緑色に発光した自分の両手を、じっと見つめた。

 力の重みが心に突き刺さる。

「『天璣(フェクダ)』の練習は怠るな。鍛えれば一層、自信がつく。それにより、ほかの力にもいい影響を与える」

「そういうものなのか」

 トワケは頷き、言葉を付け加えた。

「この岩時城を出たのちは、早急に、別な師について力を学ぶのじゃ。『玉衡(アリオト)』や『黒玉衡(クスアリオト)』、『天権(メグレズ)』や『黒天権(クスメグレズ)』は最高神に近い力。我にはとてもわからぬのでな」

「…………」

 誰が教えてくれるだろう?

 父である久遠は、高天原から動けないという。

 クスコに無事、再会できたとしたら…………?

 彼女が最高神に近い力を持っていたとしても、自分にそれらを教えてくれるのかどうか、今の時点ではわからない。

 ひとつずつ身につけるしかない。

 なら、全力を注ぐ。

「やるよ。俺」

 決意を新たに、大地は天枢《ドゥーベ》の練習を始めた。