「まずは、そなたの力を知るとしよう」

 トワケは大地の方へ、そっと右手を近づけた。

 ────パッ!!

 発火したような光がトワケの右手から放たれ、大地の額に緩やかにあたる。

「わっ!」

 熱を持った奇妙な生き物が額に当たったような感覚を覚え、大地は小さな声を上げた。

「大地よ、今からそなたの力の『型』がどのようなものかを確認する。…………姫榊(ヒサカキ)、我に力を貸してくれ」

「はい」

 姫榊はトワケの方にそっと近づき、彼の肩に手を置いた。

「そなたらもじゃ」

「わかりました!」
「了解しました」

 白艶、黒艶が近づき、トワケの背中に手を当てた。

 力を添えるように、体に手を当てて彼女らが念を送ると、トワケの手から放たれる光がどんどん大きくなっていく。

「目を瞑ってしばらくの間、黙ったまま聞いておれ。大地よ」

「…………ああ」

 大地は目を瞑った。

姫榊(ヒサカキ)はどの力が現れたのかを、言葉に。姫毬(ヒマリ)はそれを円石に書き記すように」

「ええ、お師匠」

 姫毬は両手を上げ、ぶつぶつと言葉を唱えた。

 すると彼女の目の前にはひとつの、緑色の綺麗な石が中央で輝く、小さな丸い石が現れた。

 トワケの右手から、また光が放たれた。

 姫榊が声に出し、大地の力の存在を言葉に変える。

 姫毬はそれを余さず石に、書き記した。

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天璇(メラク)
 黒龍側の神の力を削ぎ、白龍側の神に力を与える

黒天璇(クスメラク)
 白龍側の神の力を削ぎ、黒龍側の神に力を与える
 
玉衡(アリオト)
 慈愛の力。内なる力を膨らませ、さらなる力を与える
 ※自身の開陽(ミザール)(魂の核)との会話後にしか使えない

「これは…………初めて見るぞ」

 トワケの声が、震えながら響いた。

 玉衡(アリオト)を見るのが初めてというのは、本当であるらしい。

黒玉衡(クスアリオト)
 内なる力を破壊し、心を奪い、殺す力。侮蔑の力

玉衡(アリオト)の、逆の力か! そもそもなぜ白龍と人間の血を持つ大地が、『反転の力』を持っておるのじゃ…………」

天権(メグレズ)
 誰かを、何かを、呼び寄せる力

「これほどの……! 最高神に近いもので無ければ、このような力は与えられぬ」

黒天権(クスメグレズ)
 誰かを、何かを、どこかへと飛ばす力

「また反転の力か! …………こんなにくっきりと浮かび上がるとはの。もしかすると大地、そなたは全ての『反転』を持っておるのか?」

天璣(フェクダ)
 光を生み出す

「…………もしやとは思うが」
 
黒天璣(クスフェクダ)
 闇を生み出す

「これは…………もはや我の手には負えぬかもしれぬ。白と黒の力を併せ持つ存在など、神々の中にはおらぬのじゃからな」

天枢(ドゥーベ)
 空間を把握し、構築する

「まさしく異形じゃ」

黒天枢(クスドゥーベ)
 空間を破り、壊す

「このような恐ろしい力、見たことが無い。…………こんな震えは初めて体感するぞ」

揺光(アルカイド)
 ※咲蔵の源・大地本来の力。
 最上の癒し効果。未知数

「やはり。最強の癒しの力。先ほど我を治した大地の力は、伝説の『揺光(アルカイド)』だったのじゃな」

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「もう喋ってもよいぞ、大地よ」

 トワケの言葉に、大地はようやく口を開いた。

「…………ああ」

「そなた、一体どういう生き方をしておったのじゃ。まだ我に隠しておることは無いのか」

 大地はうんざりした。

 またいちいち、質問攻めか。

「隠していたわけじゃねぇ。面倒だから言わなかっただけだ」

「何をじゃ」

 大地はしぶしぶ、話し出した。

 1歳から6歳までの幼少期、いわれの無い理由で親から『隔離』されて育ったこと。

 入れられた『隔離室』は、他者との隔離によって苦痛を生じさせ、『力』を完全に奪うような仕組みに作られた、神々が作り上げた『悪意の暗闇』だったこと。

 何故そこに入れられたのか、理由はついに明かされなかったこと。

 忘れないと生きられないので、それを思い出さないようにしていたこと。

 話を聞くにつれて感銘を受けたように、老紳士は大地をしげしげと見つめ始めた。

「じゃがそなたの目は、真っ直ぐじゃの」

 何をされても、どんな目に遭っても、純粋な気持ちを忘れていない。

 そう言っているようではないか。

「…………いっちょ信じてみるかのう。計り知れない力なのが、末恐ろしいが…………。大地よ、これだけはようく、覚えておくのじゃ」

 老紳士の声が、一段と冷静に響く。

「これからそなたが目覚めさせる力を『自分だけのもの』だとは、決して思ってはならぬ」

 トワケが言わんとすることがわからず、大地は不思議そうに首を傾げた。

「…………?」

「力とは本来、贈られたものなのじゃ。それを、はき違えてはならぬ」

「…………」

「誕生した際に受け取った『力』は、縁あって偶然、授かって与えられたもの。それをそなたの最奥まで潜り、自身の力へと変換し、何かに向けて贈り返す。それが本来の使い方」

「…………」

「ときには、生きるために、食うために、守るために、力を使わざるを得ない状況もある。じゃが何事も、わきまえぬまま欲望に支配されし者は、せっかく与えられた力の使い方を誤り、その身を滅ぼす。『もらったものを返す』。それ以外の力の使い方を、してはならぬ」

 自分の力は、贈られたもの。

 このような考えを聞くのは、生まれて初めてだった。

 『隔離室』の闇の中にいる間は決して、そのような考えに及ばなかったのである。

 ただ生きるだけで精いっぱいで、隙あらば死んでしまいたいと思っていたのだから。

「生き物の力というのはどこまでも不可解で、未知なるもの。自身を掌握し、限界まで成長させることは出来たとしても、使い過ぎては他者の生命をも危機にさらす。やみくもに思うがまま利用しようなどとはゆめゆめ、思ってはならぬ」

 もらったものを与え返す。

 それを忘れないでいる。

「…………ああ」

 大地は頷いた。

 急に、さくらの笑顔を思い出す。

 仲間達と遊んだ、楽しい思い出も。

 自分は彼らからいつも、力を贈られ続けていた。

 会えることが嬉しくて、話せることが楽しみで、それを力に変えて生きてきた。

 どんなに苦しい出来事があったとしても、彼らを思い出した途端に頑張れた。

 トワケの言いたい事は、何となく大地にも理解できた。

「…………もし無意識のうちに、力の使い方を間違えた場合は、どうなるんだ?」

「どこかに負荷がかかり、反転し、途端に力が、黒く濁る」

 大地は大きく目を見開いた。

「黒く…………」

「先ほど読み上げた通り、『反転の力』へと変化する。お主の力は諸刃の剣じゃ」

 諸刃の剣。

 つまり自分は生まれながらに、いや、育った環境のせいで、白龍の力と黒龍の力の、両方を併せ持っているということか。

 大地は唖然とした。

「それでも成長させねば力は使えぬ。度を超えた欲望を叶えるために使った場合、何らかの呪いが生み出される。そしてその呪いは、間違いなく自分へと跳ね返ってくるのじゃ。それが力の正体じゃからの」

 度を超えた欲望って、一体何だ。

 大地には良くわからない。

 さくらと結婚し、一緒に暮らしたいと願う事は、度を超えた欲望にあたるのだろうか。

 だが逆に、こうも思った。

 強い力など、本当はいらない。

 もし人間になれるのならば、必要の無い力は全て、どこかへと贈ろう。

 あいつらを助けるため以外に使う必要など、どこにも無いのだから。

 さくらと同じ人間になって、互いを思い遣りながら寿命を全うできれば、大地はそれだけでいい。


「わかった」


 頷いた大地に、口髭に覆われたトワケは、優しい笑顔を向けた。