梅の口から放出された黄金の業火は、光のような速さでスズネの体をまるごと焼いた。

「ギャーーーー!!!」

 大きな悲鳴を上げたスズネの体は、彼女の爪と同じくらいにどす黒い赤の、(つる)を伸ばした巨大な植物へ、クネクネと変化していった。

「おのれ! これでも喰らうがいい!!」

 蔓が幾重にも巻かれてできた鋭い槍の形に変化し、梅の体に突き刺さった。

「…………グゥアッ!!!」

 梅は血しぶきと断末魔の叫び声をあげ、鳳凰(ほうおう)の姿に戻りながら落ちていき、グシャッと地面にたたきつけられた。

「ギャハハハハハ!! さようなら鳳凰(ほうおう)さん!! いい気味ね!!」

 スズネが心底嬉しそうな声を上げたのも、つかの間。

 梅の体は地面の上で、黄金の光に包まれながら、みるみるうちに元の姿へ戻っていった。

 鳳凰姿の梅は、何事も無かったかのように再び、空の上へと羽ばたいた。

「鳳凰を馬鹿にしないでいただきましょうか。私を殺す事は不可能です」

小癪(こしゃく)な!」

 蘇りを得意とする鳳凰(ほうおう)である梅は、先ほどスズネが戦ったハトムギとは、段違いの強さである。

 それを今まさに思い知り、スズネは目を血走らせ、心の底から悔しがった。

 祭りを楽しんでいた人々はスズネの絶叫に気づき、徐々に梅とスズネの間に、人だかりができている。

「なんだなんだ?」

「何かのイベントか?」

 携帯をポケットから取り出し、写真を撮る人も出始めた。

「鈴が空飛んでるぞ、スゲェ!」

「キャー!! 何あれ、怖い!!!」

 人間達に見つかってしまった。

 こうなった以上、仕方がない。

 梅はそれでも、戦うのをやめるわけにはいかなかった。

「梅さま!」

 ハトムギはすかさず20体に分離し、集まってくる人々をこれ以上近づけさせないように、人間達と彼女達の間に立ちはだかり、手を広げながら叫んだ。

「皆さん、危険です! ここから絶対に入ってこないでください!」

『シャラン!』

 丸いクルミのような形をした無数の鈴が、その植物に連なりながらぶら下がり、ひしめき合いながら気味の悪い音を立て続けている。

「この神社から出て行って下さい」

 梅は鳳凰(ほうおう)の姿へ変身しながらもう一度、喉の奥から一直線に、黄金の炎をスズネに向けて放った。

「ギャーーーー!」

 スズネの体であるクルミ型の鈴のうち、ふたつが人間の目玉の形へ、ひとつが唇の形へと変化した。

「黒龍側のあなたは招かれざる客」

 梅は続けた。

「ほかのお仲間にも、そうお伝え願えますか?」

 赤い植物の蔓だった部分は全て燃やし尽くされ、スズネの体でかろうじて残ったのは、数えきれないクルミに似た、鈴だけである。

「このワタクシに指図するつもり?」

 無残な姿に変わり果て、それでもジャラジャラ言いながら空を飛ぶスズネは、気味悪い響きにも似た嘆きの声を発した。

「霊獣ごときが!!」

 この戦いを見に来た人の数はさらに増え、大きな歓声や悲鳴を上げ始めた。
 
 騒ぎ出すもの、面白がるもの、携帯電話を使って誰かに連絡を取るものなど、多種多様である。

 岩時神楽の舞台のリハーサルはこの騒動のせいで、一時中断された。

 騒ぎに気付いた大地が、クスコを肩に乗せて梅とスズネの近くへ、走り寄ってきた。

「あれは、梅か?」

 一年ぶりに会えた、親のように近しい存在である梅が、どういうわけか得体の知れない赤い鈴と、空の上で戦っている。

「……何やってんだ?!」

 梅と戦うスズネを見上げたクスコが、大地の肩の上でこう言った。

「あれは黒龍側の神じゃ。もしかするとワシが、ここに招き入れてしもたかのぅ…………」

「…………招き入れた?」

「ほりゃ、ワシについていた黒いアレじゃよ。破魔矢にとりついていたヤツらじゃ」

 大地はスズネを指をさしながら、信じられないといった様子でクスコに聞き返した。

「じゃあもしかして、アイツ以外にも…………?」

 クスコは頷いた。

「あと4体いるのぅ」

「『いるのぅ』ってお前、どーすんだよ、この騒ぎ!!」

 大地は頭を抱えながら叫んだ。

 まずい。

 完全に人間を巻き込んでいる。

 ぐるぐると梅の周りを回りながら、ジャラジャラと音を立てて勢いよく、スズネが襲い掛かってくる。

「死ね!」

 梅に危険が迫っているのを察知し、大地は桃色のドラゴンに変身して、グングン空へと飛び上がった。

「わわっ! 大地や、急に変身するでない!」

 助けることで頭が一杯になった大地は、首に下がったみすまるに括り付けた布袋の中へ、クスコが身を隠した事に気づかなかった。

 スズネと梅の間に割り込み、大地は体を張って梅をかばった。

「梅!」

 梅に向かって飛んできた鈴は、大地の体に跳ね返って飛び散った。

「なに?!」

 攻撃の鈴を全て跳ね返す存在に、スズネは唖然とした表情を見せている。

 梅は驚きの声を上げた。

「大地! いつここへ来たのです!」

「さっきだ。どうしてこんな奴と戦ってんだ?」

 スズネから目を離さず、梅は苦々しい様子で大地に答えた。

「この神はハトムギを襲いました。人にも危害を加えようとしています」

「ハトムギを?」

 大地はスズネを睨みつけた。

 (からす)の霊獣ハトムギは、大地にとっては弟のような存在だった。

「祭りの邪魔だ、出て行け!」

 大地の叫び声を聞くと、唇の形をしたスズネはジャラジャラ響く笑い声をあげた。

「あら! ほほほ! 先ほどの桃色ドラゴンですわね!」

 スズネは大地の周りを、ぐるぐると回り出した。

「お前に感謝しなくてはなりませんわね。あの窮屈な破魔矢からこのワタクシを、解き放ってくれたのですから!」

 その時。

 いきなり本殿の方角から、太くて低い男性の声が聞こえてきた。

『そこまでだ。戻ってこい、スズネ』

「…………?」

 大地と梅は、目を見合わせた。

「あら、フツヌシ様。どうされたのですか」
『話はあとだ!!』

 大地は、急な異変に気が付いた。

 体が痺れて、自由に動けない。

「これは…………?」

 梅の方を見ると、同じように体が動けなくなっているようだった。

「梅?! …………?!」

 大地は、驚いて目を丸くした。

 するすると音を立て、スズネの体が元の姿へ、戻っていく。

「あなたたち、救われましたわね。戦いはお預けにしてさしあげますわ」

「…………」

 梅と大地に向かって、人間の姿に戻ったスズネは、高らかな笑い声をあげた。

「ほほほほほ! では、また」

 震えるような響きを声に含ませ、空の上で回転しながら、スズネは姿を消していった。

『シャラン!』

 鈴の音が鳴る。

 ハトムギの表情が、急な痛みに襲われたように、歪んでいった。

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 絶叫しながら彼は、苦しそうに地面へ倒れ込んた。

 その場にいた人間達は、急にピタっと動きを止めた。

 鈴の音が、同時に鳴り響く。

『シャラン!』
『シャラン!』

 鋭い痛みがいきなり全身を襲い、梅と大地は声をあげた。

「うっ!!」
「うわっ!!」

 大地と梅以外の、全ての時間が逆回しになっている。


 人間達は逆向きに動き出し、導かれるように元いた場所へ戻っていく。


 その不思議な現象は、ある一定の時間が過ぎると同時に、ピタリと止まった。


 ふと大地が気づくと、拝殿前の人だかりがなくなっており、背中に傷を負ったハトムギが、苦しそうに地面に倒れている。

 治療を受ける前と同じ状態で。

「…………!」

「ハトムギ!!」

 人間の姿に戻った梅と大地は、慌ててハトムギに駆け寄った。


 スズネの姿はもう、どこにも見当たらなかった。