蒼大がいきなりカーテンを閉めて部屋が昼間とは思えないくらいに暗くなったので少し驚いた。遮光カーテンなのかな。それよりなんで閉めたんだろう。西日がきついとか?でもまだそんな時間じゃ・・・。疑問に思っていると彼が何かの機械のスイッチを入れた。

その瞬間、部屋一面に星空が広がった。

「わ・・・。」

思わず声が出てしまった。

「家庭用のプラネタリウム。こないだ区のやつ行った時は、鑑賞どころじゃなかったから。」

「え・・・?」

「あ・・・。」

彼がハッとして俯く。蒼大も私と同じだったんだ。嬉しくて、ふふ、と笑ってしまった。

「・・・何、笑ってんの?」

「・・・幸せだなって思ったから。」

「え・・・?」

「あ・・・。」

今度は私が俯く番だった。彼がクッションを持ってきて隣に座る。

「・・・俺、別に星に詳しい訳じゃないんだ。大学だって法学部だし。でも、星見るのは好きでさ。ここら辺じゃあんまり見られないけど、大学入ったらバイトして色んなところに星見に行きたいんだ。」

「そっか・・・いいね。」

一緒に行きたいな、なんて厚かまし過ぎて言えるわけない。でも、これなら言える。

「・・・あのね。蒼大。」

「ん?」

「笑って?」

「え?」

「最近、なんか難しそうな顔ばかりだから。私の生徒手帳の写真見た時みたいに笑ってほしいんだ。」

「いや、急に笑えって言われてもな・・・。」

「じゃ、 私、今から面白いこと言ってみるよ。」

「え?うん。」

うわ(ヽヽ)ー!上履き(ヽヽヽ)が折れる!うわ(ヽヽ)ー!バキ(ヽヽ)ッ!」

「ああ!なかなか上手いね。」

彼は素で感心しているようだった。

「じゃ、次ね。」

なかなか手強い。ならば、とっておきのアレを・・・。

「ダイエットには鶏肉がいいんだよね。なぜなら鶏肉(ヽヽ)はふとりにく(ヽヽヽヽ)い。」

「おお!それもすごいな。」

「・・・。」

私はガクーッとうなだれた。

「爽乃?」

「・・・私、まだまだ修行が足りないな。全然面白いこと言えない。本当、つまんない人間・・・。」

「前も言ったけど、俺、爽乃といると楽しいよ?つまらないなんて思ったことないけど。」

「そうじゃなくてね・・・。」

───私はまた蒼大のあの笑顔が見たいんだよ。

「この方法は使いたくなかったけど・・・背に腹は変えられない。」

私は黒いVネックのニットを着た蒼大の脇の下に思いきって両手を差し込んだ。

彼は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をすると、ゲラゲラと笑い始めた。

「ちょっ・・・ははっやめっ・・・俺、はははっ、よわ、いんだよ、ひー、くすぐられるのっ!」

彼はなんとか私を振り払おうと身をよじる。でもやっと見られた笑顔をまだまだ見ていたくて私は強行手段を続けた。手を緩めるどころかくすぐる範囲を広げる。

「ひー、たのむ、から、やめて、まじ・・・あっ!」

「あ・・・。」

蒼大が仰向けに倒れてしまった。今日も一緒にいられるのが嬉しくて嬉しくて調子乗り過ぎちゃったかな・・・。風船みたいにどんどん膨らんでいた気持ちは、膨らませている風船の口を抑える手を外した時みたいに、しゅぼぼ・・・と音を立ててあっという間に小さくしぼんでしまった。

「ごめんね。やり過ぎた。痛かった?」

そう言って蒼大の頭に手を触れると、その手をぐっと引かれて、彼に触れそうなくらいに近づいた。

「蒼大・・・?ごめん、怒った?」

顔が近くてささやくような声になってしまった。彼は切羽詰まったような表情で私を見つめてくる。

何も言わない彼に『ねえ・・・』と話しかけようとした瞬間、後頭部に大きな力が加わって、目の前にある彼の顔との距離が一気に0mmに・・・つまり触れてしまった。

触れた場所がお互いの唇だと気づくまでに時間がかかった。そして気づいた時にはもう・・・



「ただいまー!」

玄関で元気な声が聞こえて我に返る。小学5年生の弟が習い事のダンスから帰ってきたようだ。ドドドッと音がしてリビングに駆け込んできた弟にキッチンカウンターから声をかける。

「おかえり。お母さん今日遅い日だから、暁乃と3人でご飯にするよ。洗濯物出して、すぐ洗濯機回すから。」

中2の弟はいつ帰って来るかわからないので先にご飯にすることにした。

「姉ちゃん!俺、すげーもん見ちゃった!」

「何?宇宙人とか?」

うーん、こういう時にもっと面白いことを言えないものか。

「違うよ!もっとすごい!兄ちゃんがチューしてた!」

「ガシャーン!」

思わずお玉を落としてしまった。

「え・・・?」

「今日中学の卒業式だったんだろ!?ダンスの帰りにチャリで公園の前通ったら、卒業の花つけた女子と兄ちゃんが、ブチューってしてた!」

「え、えあ、そうなんだ・・・。」

「すごいんだぜ!チューってして、少し離れてからまたムチューってして、ギューってしてまたチューして顔の向き変えてブチューってして、超なげーの!」

想像するだけで鼻血が出てしまいそうだ。弟はもう、そんなことを・・・。

「どうしたのー?」

テレビで美少女変身もののアニメを見ていた妹が、騒がしい私達が気になったのかこちらにやって来たので慌ててお玉を拾う。

「ほ、ほら、(そら)、洗濯かごに洗濯物入れて、手洗いうがいしてきて。夕飯はカレーだよ。今日もたっぷり豆乳(ヽヽ)投入(ヽヽ)したよ。」

「イェーイ!カレー!カレー!俺、納豆かけて食べたい!」

「・・・そう言うと思ってネギも切ってあるよ。」

カレー(ヽヽヽ)だけにダジャレは華麗(ヽヽ)にスルーされ、ネギを見せると弟は『よっしゃー!おかわりするぞ!』と言いながら洗面所に走っていった。一方妹は心配そうにダイニングテーブルを見渡す。

「お姉ちゃん、福神漬けは?らっきょうはいらないよ。」

「福神漬けもちゃんとあるから、テレビ消しておいで。」

私はそう言うとお皿を出しに食器棚に向かった。そう言えばあのお皿は蒼大の家族に気に入ってもらえただろうか。