「お母さん、これどうしたの?」

夕食の後片付けを終えて部屋に向かおうとしたら棚の上に置いてあったチケットが目に入ったので聞いてみた。男の子に人気のレールをつなげて遊ぶおもちゃのイベントの無料招待チケットのようだ。うちの弟たちも小さい頃は部屋いっぱいにレールを広げて、踏切やら駅やらトンネルやらを設置して、何時間も飽きずに遊んでいたものだ。イベントはお母さんが働いている商業施設で行われるようだった。1枚で4人まで入場可能との記載がある。

「男の子二人いるからってもらったけど、うちはもう二人ともゲームやらで遊んでるし、電車もレールも人にあげちゃったし、もう行かないでしょ?その電車あげた人にあげたりしたんだけど、まだ1枚余ってるの。」

暁乃(あきの)の友達とかは?」

小学二年生の妹の友達ならまだ電車で遊ぶ子もいるのではないかと思って提案してみた。

「それもあげたんだよね。まあ1枚くらいしょうがないよね。職場に持っていって返しておくよ。」

───あれ、そう言えば蒼大の弟くんのランドセルに電車のキーホルダーがついてたな。でも、電車が好きでもおもちゃでは遊ばないかな・・・四年生くらいだったけれど、どうだろう・・・。

「・・・お母さん、私心あたりあるからちょっと聞いてみるよ。」

「え?誰かの弟とか?学校の友達?」

「・・・そ、そう。ちょっと連絡してみる。」

「よかった~。爽乃、学校の友達の話全然しないから、ちょっと心配してたんだよね。勉強に集中し過ぎで友達づきあいとかないのかなって。」

「・・・ま、ちょっとはあるにはあるよ。スマホ、部屋だから連絡してくる。」

心底ホッとした様子のお母さんを見て、心配させちゃってたんだなと申し訳なく思った。



学習机の上にチケットを置いて写真を撮る。

『昨日は電話出られなくてごめんね。木曜日はありがとう。水族館楽しかった。あのね、蒼大の弟くんてもしかして電車好き?無料券もらったんだけどいる?』

モヤモヤを振りきるように一気に打ち込んで写真と一緒に送った。昨日電話がすれ違いになってしまい、今日かけ直せばよかったのだけれど、無駄に考え過ぎてしまい出来ないでいた。私の悪い癖だ。

『こっちこそ楽しかった。ありがとう。弟そのおもちゃ大好きだよ。もらっていい?今からとりに行っても大丈夫?話したいことあるんだ。」

結構な早さで返信があった。彼も一気に打ち込んだのだろうか。話したいことって何だろう。電話では話しにくいことなんだろうか。

『私が持っていくよ。』

学校の友達、と言っているのに男子が家に来てしまってはまずい。中二の弟にでも見られたら何を言われるか。

『でも夜だし』

トクン、と音がしたと思ったけれど、きっと自分の胸の音だろう。彼の優しさが嬉しかった。

『ついでがあるし、自転車で行くから大丈夫だから。』

『大丈夫!』と言っているペンギンのスタンプを送る。

『わかった。待ってるから。』


胸が高鳴る。前回気が抜けた服装を見られてしまった失敗を踏まえて、胸の下で切り替えになっている白いAラインのチュニックの上にパステルパープルのふわっとした素材のロングパーカーを羽織った。自転車なので下は細身のデニムパンツだけれど。

「お母さん、友達にチケット渡してくるよ。ついでに明日の食パン買ってくる。自転車で行くから。」

「え?そんなに近くに住んでる子なんだ。」

「そ、そう、たまに一緒に帰ったりしてて。」

───ごめんなさい。嘘です。

なんだかすごく悪いことをしているような気持ちになった。

「でも時間も遅いし、パンないならご飯炊くからいいよ。」

そう返されて焦る。

「でも朝、ご飯だと、(ふう)食べないでしょ?」

中二の弟を利用して無理矢理理由を作った。

「あーそうね。育ち盛りなんだから朝からどんぶりで納豆ご飯でも食べてほしいけどね。」

お母さんがとりあえず納得したようなのでまた何か言われる前に『じゃ、行ってくるね。』と言ってそそくさと玄関に向かった。



自転車でまずコンビニに向かう。春の夜風が気持ち良い。

コンビニで食パンをレジに置き、レジ横にある小さい正方形チョコレートの新発売の桜餅味も3つ購入する。

蒼大の家に近づくにつれて鼓動が速くなってくる。それに伴い嬉しい気持ちも募っていった。

彼の家の門のところに人が立っているのが見えた。門の内側にいる人と話しているようだ。

───お母さんと近所の人とかかな。後で来た方がいいかな?

そう思って家の前を通り過ぎようとすると道の方を向いている蒼大の顔が見えた。彼の目の前に立っているのはボブヘアの女性のようだ。二人は親しげに話し込んでいる。

───帰ろう・・・メッセージ送って明日の朝ポストに入れておけば
・・・。

「爽乃。」

帰ろうとすると蒼大に声をかけられて焦る。ボブの女性もこちらを振り返った。

───なんて綺麗な子・・・。

振り返っただけで絵になるような整った顔立ちの子だった。私が固まっていると彼女が微笑んで会釈してくれて、ぎこちなく返す。きっと今の私は無表情だ。

なおも私がそのままでいると蒼大が私の方に来た。

「わざわざ悪いな。ちょうど今中学の同級生が来てて。」

「あ、あの、これ、チケット。31日まで開催で4人まで入れるから。あと、これ、チョコ。3つあるから、同級生さんにもよかったら。じゃあ、私急ぐから。」

早口でそう言ってチケットとチョコを手渡すと自転車にまたがって走り去った。