誤魔化すように俯き、右手で鼻を触ってから曖昧に啜ると、サクは椅子から立ち上がる。そばに置いた黒の鞄を持つ仕草を見ると、もう出勤するんだな、と思った。
「今日帰りにシュークリーム買ってきてやるよ、美紅好きだろ?」
「うん」
ーーシュークリームは。サクの好物だから好きになったんだよ?
玄関で靴を履く彼を見て、そう心で補足する。
「じゃあ、行ってくる。美紅も頑張れよ?」
そう言って彼は私の髪に触れ、笑顔で私の頭を撫でた。
「うん」
今までで一番優しい朝、一番手応えを感じた時間だった。
*
真新しい黒御影石をタオルで拭き清め、私たちはしゃがんで手を合わせた。
細く立ち昇る線香の香りが夏のそよ風にのって鼻腔をくすぐる。私は『世良家之墓』と刻まれた墓石をしんみりとした気持ちで見つめた。
ふと隣りの彼に目を向けると、未だに目を伏せたままで手を合わせていた。
「ずいぶん長く手を合わせてたね?」
柄杓と手桶を持つサクを見上げ、何気なく尋ねた。
休日の晴れた午後、私はサクと一緒に霊園墓地に来ていた。借りていた柄杓と桶を元の場所に返し、サクは言った。
「義母さんに謝ってたんだよ」
「謝ってた?」
何を、と思い、首を傾げた。
中三の時にしでかした反抗期の事だろうか?
「今日帰りにシュークリーム買ってきてやるよ、美紅好きだろ?」
「うん」
ーーシュークリームは。サクの好物だから好きになったんだよ?
玄関で靴を履く彼を見て、そう心で補足する。
「じゃあ、行ってくる。美紅も頑張れよ?」
そう言って彼は私の髪に触れ、笑顔で私の頭を撫でた。
「うん」
今までで一番優しい朝、一番手応えを感じた時間だった。
*
真新しい黒御影石をタオルで拭き清め、私たちはしゃがんで手を合わせた。
細く立ち昇る線香の香りが夏のそよ風にのって鼻腔をくすぐる。私は『世良家之墓』と刻まれた墓石をしんみりとした気持ちで見つめた。
ふと隣りの彼に目を向けると、未だに目を伏せたままで手を合わせていた。
「ずいぶん長く手を合わせてたね?」
柄杓と手桶を持つサクを見上げ、何気なく尋ねた。
休日の晴れた午後、私はサクと一緒に霊園墓地に来ていた。借りていた柄杓と桶を元の場所に返し、サクは言った。
「義母さんに謝ってたんだよ」
「謝ってた?」
何を、と思い、首を傾げた。
中三の時にしでかした反抗期の事だろうか?



