1.サクの存在

 サクとの出会いは、天井の高いホテルのレストランだった。入り口から足を踏み入れると、クッション性の赤い床が妙に心地よく、母に手を引かれながらも私はピカピカの黒い靴を見つめた。
 続いて豪華なシャンデリアに目を奪われ、口をぽっかり開けて放心していた。

「美紅より二つ年上の優しそうなお兄ちゃんだからね?」

 母に笑顔で促され、広いテーブル席でその親子と対面した。

「おれは世良(せら) 咲弥(さくや)。ええっと……、十歳!」

 ぎこちない物言いと表情で、彼はポリポリと頭をかいていた。

 奥二重のくりくりとした瞳に、悪戯好きな色が見えた。風が吹くたびにサラサラと流れる前髪が柔らかそうで、後になってから手を伸ばした事もあった。

渡井(わたらい) 美紅(みく)です。八歳です」

 互いに自己紹介をして、はにかみ笑いを浮かべた。初めましての時は私も彼もかなり緊張していた。

 私の母親と彼の父親が子持ちの単身同士で再婚する事になり、そこに私と彼が居合わせる事になった。

 親たちが入籍すれば、たとえ血の繋がりは無くとも、私たちは兄妹になる。

 数日後、私の名前は世良(せら) 美紅(みく)となった。高校生になった頃、セラミックと名前をからかわれる事もあったが、当時は違和感なくスッと馴染んだ。