一番近くにいる存在なのに、心は果てしなく遠い。
想っても報われない恋を片思いと呼ぶのなら、私のそれは軽く十年を上回っている。
*
「ッ、いって!」
何気なしに部屋の扉を開けると、ゴン、と鈍い音がして扉が何かにぶつかった。
「……あ。ごめん、兄貴。帰ってたんだ?」
今日ぐらいに帰って来るだろうと予想はしていたが、私は素知らぬ顔でとぼけて見せた。条件反射にドキンと跳ねた心臓にも気付かぬふりをする。
ぶつけた張本人は強かに打ち付けたおでこを押さえて、私を睨みつけた。
「帰っちゃわりーのかよ」
「そんな事言ってない」
イテテ、と言いながら彼は私に背を向けて、階段を降りて行った。
ーーもしかして。またお義父さんの部屋に?
私の部屋の向こうは義父の部屋だ。
息子が勝手に部屋に入っているのを、親は良しとしないだろう。
どこか後ろぐらい気持ちになりながらも、玄関に向かう背を見送るために付いて行く。彼は思い出したように「あ」と呟いた。
「そう言や美紅、お前シュークリーム食うだろ? いつもの所に置いてあるからな?」
そう言ってパタンと扉が閉まる。
居間に向かい、ソファー前のローテーブルに目を向けた。見慣れた箱が一つ置いてある。箱にはいつも通り、三つのシュークリームが入っていた。