本郷社長に呼ばれて、遥先輩が奥の部屋に入っていくと、遥先輩のお父さんがやってきた。



「遥は本郷社長のところに行ったのかな。遥、わがままだから、凛花ちゃんも大変だろう」



「はい」



思わず本音が駄々洩れた。



「でも遥先輩は、すごく優しいです。これまで出会っただれよりも、優しいです」



「凛花ちゃんには特別に優しいんだろうね。遥が今日でモデル辞めるっていうのは、もう聞いたのかな?」



……え?



「遥先輩、モデル、……やめるんですか?」



「本当はね、もう少しやらせる予定だったんだけど。この前会社にやってきて、モデルやめさせてくれって土下座するから驚いてね」



「あ、あの、どうして急に……」



「自分がモデルをやってると、一緒にいる凛花ちゃんまで写真を撮られたり、中傷されたり危ない目に合ったりするかもしれないから、嫌なんだって」



「で、でも、せっかく続けてきたのに……」



あんなに、才能に恵まれてるのに……



「いいんじゃない。そもそもさ、遥がモデルを引き受けたのだって、小さい頃の凛花ちゃんが、うちの会社の広告を見て『王子様みたいだね』って、遥に言ったからなんだよ。


ま、それは僕が若いころの写真なんだけどね。遥の頭のなかは、凛花ちゃんのことしかないみたいだから」



遥先輩のお父さんの言葉に視線を落とす。



なんだか、もうこんなのズルいよ。



遥先輩ばっかりがたくさん想ってくれていて、私は全然遥先輩の気持ちに応えられてない。



「今日の撮影もね、自分の隣でウェディングドレス着るのは凛花ちゃん以外は考えられないって、ごねてね。凛花ちゃんが引き受けてくれなかったら降りるって言いだして、大変だったんだよ」



「そうだったん、ですか」



遥先輩に、そんなに大切にしてもらえるだけの価値なんて、私にあるのかな。



私なんて、なんの取柄もないただの地味な高校生なのに。



「でも、凛花ちゃんのためにって意地になってる遥は、なかなか根性があると思ってる。うちの跡取り息子だからね。うちの息子をよろしくね」



「こちらこそ、よろしくお願いします」



深く頭をさげて、視線を落とす 。



いつか、私は遥先輩の気持ちに追いつけるのかな。



遥先輩とおなじだけの気持ちを返してあげることはできるのかな。



目のふちがジワリと熱くなって、慌てて唇をかみしめる。



あー、もう、遥先輩のことが好きすぎて痛い。



すると、奥の部屋から戻ってきた遥先輩が、目を剥いた。



「おい、親父! なんで凛花のこと泣かせてるんだよ!」



「ちがう、誤解だよっ!」



いきなりお父さんにつかみかかった遥先輩を、止めに入る。



すると、遥先輩のお父さんは、にっこりと余裕の笑顔。



「いや、あまりに凛花ちゃんが可愛いから、嫁と別れるから一緒になってくれって口説いたら、泣いちゃった。ははっ」



……はい?



零れた涙もひっこんだ。



「……親父、ふざけんなよ!」



「は、遥先輩、嘘‼ 嘘だから!!」



「ったく、油断も隙もあったもんじゃねえな」



遥先輩はお父さんをじっと睨みつけているものの、もはや親子喧嘩でさえ、華やかな美の競演。



なんというか、絵的に美しい。



「おい、凛花。親父見て、ぼーっとするのやめろ」



「ち、ちがう、ちがうっ!」



「そうか、私と凛花ちゃんが再婚したら、凛花ちゃんは遥のお母さんになっちゃうんだなー。残念だったな、遥。まさか凛花ちゃんのこと、お母さんって呼ぶ日がくるとは思ってなかっただろう」



「そんな日、来ねえわ! くそ親父‼ 息子の彼女を口説こうとするな!」



な、なんだか遥先輩のお父さんもなかなか強烈……。



稀にみる、個性的な親子……。