氷雨という彼は、マッシュをゆっくり見つめる。
恐怖を感じるほどの無機質に満ちた目の色を向けていた。…それはこの世界で生きる人のあるべき姿なのではないかと、回らない頭でただひとつ思ったのだった。
「シイがボクを?あはっ、そんな――…」
「じゃあ、支配人様にか」
「っ!!!」
「部外者を簡単に呼び入れて連れまわす。不用意に情を持って仲良くする。…支配人様の耳に入ってみろ」
「……ひさめ、」
「――…お前、死ぬぞ」
――…本気だ。
氷雨という彼の迫力に、マッシュの足が震えている。
そしてマッシュは笑顔をつくった。…その笑顔はあまりに脆く、震えて歯と歯がぶつかり合う音が聞こえるほどだった。
「嬢ちゃん。巻き込んで悪かったな。これがブレスレットだ」
「……い、いえ…!拾っていただいて、本当にありがとうございました…っ!」
「それから、今日のことはすべて忘れてくれ」
「っ、」
「真柊や俺に会ったこと、名前も何もかも。嬢ちゃんの人生に必要のない情報だ」
「…え…、」
「走ればまだ、日付が変わる前に帰れる。門の外までは送迎を出すから」
対して氷雨さんはとても落ち着いていた。
…マッシュに向ける目とわたしに向ける目の色は、天と地ほどの差があった。
「真柊」
「………。トモダチに、なれるかもしれないって、思ったんだ」
「…。嬢ちゃん、約束してくれ。
――…二度と会わないことを願って」
…ほの暗い照明が浮かばせる、氷雨という彼の細まった瞳。
きっと彼は微笑んだのだろう。わたしを極力怖がらせないように、そしてこれきりになるように。
その目の奥に宿したおぞましく冷たいものに、会って間もないわたしが気付けるはずもなかった――…。