…逃げないよ。

……逃げるものか。


無意識につくった握りこぶしが、手のひらに深く爪痕を残す。


もう一度紫月さんに会いたい。

その願いを叶えるには、御堂くんに会っておいたほうが良い。…なんとなくそんな気もした。



(…間違って、ない)



――…その“なんとなく”は、正しかったのかもしれないと

紫月さんからも御堂くんからも感じ取れる妖艶な恍惚が物語っていた。



「…わたしを、逃がしてあげられないんでしょう」

「………」

「いいよ。堕ちるって意味がどういうことか、まだ分かってないけど」

「………」



わたしが抱えてきた寂しさが、孤独が、切なさが

“堕ちる”ことで、ひとりじゃないと教えてくれるとしたら



「何も、怖くなんかない」



紫月さんにもう一度会うための、わたしの覚悟になるのなら

それはそれで、意味がある――…。