「ねぇ、やめなって」
「うるせぇな。迷惑かけてんだから、ちゃんと謝らせたほうがいいんだよ」
隣にいた女の人が周りの目を気にして止めようとしてくれたけど、男の人は私の肩をつかんだまま離さない。
「すみません」
怯えながら、頑張ってさっきよりも大きな声をだす。
よく見ると、男の人の手には蓋の空いたビールの缶が握られていた。
酔っているのかもしれないけど、私の謝罪の言葉はなかなか受け入れてもらえなかった。
周りを歩く人たちは、男の人と絡まれている私だけを見て見ないフリをして避けていく。
星野くんから離れるためとはいえ、通路を逆走した私が悪い。
こんなことに巻き込まれたのは、全部自分のせいなんだ。
たぶん誰も助けてくれないし、この人の気が済むまで私は離してもらえない。
殴られるかもしれないけど。もうどうなってもいいや。
覚悟を決めて下を向いたとき、後ろから引っ張られるようにして私の身体が男の人から離れた。
「すみません。こいつ、俺のツレなんです。ご迷惑おかけしたなら、代わりに謝ります。すみません!」
私を庇うように前に立った星野くんが、男の人に向かって低く丁寧に頭を下げる。
星野くんの登場に、それまで怒りをあらわにしていた男の人の空気が少し和らいだ。



