夜の蝶

#不倫#

「私も社長の事男として気になっていました。正直なところ、青木さんとして接客していた時はこんな感情になったことなかったのに…別人みたいに今の社長は魅力的で。だからって既婚者の私がそんなこと伝えたところで、気まずくなるだけだと思って言えませんでした」

真っ直ぐ私を見つめる社長。

「それ本心?俺に気を遣ってる?」

「気を遣っているように見えますか?」

社長は照れたように笑う。

「あはは!今回はゆうの方が一枚上手だな。じゃ、今から“龍”って呼んでくれる?」

社長はそう言って私の頭を撫でた。

胸がどきどき張り詰めてくるのを感じる。

「りゅ…龍さん」

「合格。でも、旦那さんより俺の方が先に出逢ってるのに…なんか悔しいな…」

そう言って物悲しげに微笑む。

「でも、№1で輝いていた時のゆうは俺の方が知ってるから、それだけでも幸せだけど」

「あの時の龍さんはとてもチャラチャラしていましたよね」と、からかうような口調で言ってみる。

「まぁ、あの頃は全盛期だったからなー」

圧倒的なドヤ顔を見せる社長がとてつもなく可愛く見えた。

そして社長は優しく抱いてくれ、初恋みたいに熱を上げた。

また豊に隠し事が増えてしまった…

罪悪感はあるのに止められない。私のいけないところ。

やっと夜から足を洗えたのに、その矢先に不倫だなんて。

こんな残酷なことをさせて、神様は私の事が嫌いですか?

分かってる…神様のせいなんかじゃないんだって。

私自身の愚かさなのだ。

そんなことは分かってる、分かってるはずなのに…

豊との間に早く子供が欲しくて妊活を頑張っていた時もあったけれど、なかなか授かれずに精神的にも追い詰められて、次第に豊との仲はギクシャクしていた。

社長と寝た日から私の心はどんどん社長に惹かれていく。

「俺はな、ゆうが幸せであるなら離婚を望んだりはしていない。ただ、今俺と一緒にいてくれるこの幸せは手放したくないんだ」

「私もですよ。離婚する覚悟もないくせに中途半端なことをしている自分に嫌気がさしますけど、心は龍さんを必要としています」

「いつかは失うんだって心をよぎるけど…ただそばにいたい」

「龍さんもそんな甘い言葉言ったりするんですね」

「自分でも気持ち悪いくらいだよ。俺ってこんなこと言うキャラじゃないのに」

私にだから言ってくれるんだよね…

くすぐったいような気持ちだけれど、いまとても幸せを感じます。

この胸の高鳴りはもう抑えられない。

時間は限りがあって速く流れる貴重なもの。

今が大切なんだ。

豊には残業と言って社長とプライベートで会う事も日に日に増えていった。

「ゆうといる時間を俺が旦那さんから奪ってしまって本当に申し訳ないけれど…俺の身勝手でごめんな…」と、悲しげに苦笑をもらす。

そんな言葉を不意に言ってくる社長がとてつもなくずるく感じた。

そんなことを言われたら私だって社長ともっと一緒にいたい!と思ってしまう。

素敵な旦那がいて幸せなのに、違う幸せも欲張っている。

私が社長を拒めばいいだけの事なのに…

社長の唯一の欠点と言えば、人妻に手を出してしまうことかな。

だけれど私にとってはそれが欠点だとは思えなかった。

“もっと私を求めてほしい”と強く思ってしまう。

豊は何かを察しているかのようにいつも以上に優しくなっていつも以上に甘えてくるようになった。

「ゆう、今日体調はいい?」

このように聞いてくる時はだいたい夜の営みを求めてくる時。

私の返答を聞く前に服を脱がそうとする豊の手を払いのけた。

「私が妊活一生懸命前向きに考えてる時は拒んでさんざん仕事疲れてるからとか言ってきたくせに、急に何?」

私は冷たく言い放ってしまった。

「嫌ならいいけど…」

「ごめん…嫌とかではないけど、仕事落ち着いてきたわけじゃないのになんの心境の変化かなって」

「別に変化とかないけど…」

曖昧な返答に私は苛立ってしまった。

「今日は遅いからまた今度ね」

それを聞いた豊は、何も言わずに私に背を向け眠りに付いた。

仕事も社長との仲も順調で今の私は子供を欲しがろうとしていない。

結婚当初は、早く子供が欲しくて暖かい家庭を築きたい!と強く思っていた。

夫婦にとってそれは大切な事なのに、今の私は無意識に豊のその優しさから遠ざけていた。

豊を裏切って、寂しい思いもさせ、気も遣わせている。

こんな私と結婚してくれてありがとう。そして、ごめんなさい。

豊とは一生一緒にいたい。理想の旦那さんだから。

でも、今現実に燃えているものが消えないの…

小さい頃から親の愛情というものを感じた事がなかった。

両親の不貞行為に虐待。

心の傷が癒えていない時にスカウトされ、手を染めてしまった夜の仕事。

両親のような不道徳な人間とだけは結婚したくないと心から強く思っていたはずなのに。

今は自分が如何わしいことをしている。

キャバ嬢だった頃は、社会的地位の高い方や好みの方からアプローチされても心揺さぶられることはなかった。

当然の事、青木さんの事も羽振りの良いお客様としか見ていなかった。

同一人物であって別人みたいな感覚。

仕事をしている姿の社長の人間性に心惹かれてしまった。

恋とか愛とか抜きにして、あなたという人間が好き。

社長が結婚相手としてだったらきっと選ばなかったと思う。

何故なら、不倫の相手だからこそほど良い関係が築ける気がしたから。

社長に素敵な女性が現れたら私は潔く身を引くことが出来ると思う。

だけれどそれまでは彼女として特別でいたい。

私ってずるい女だよね。

素敵な旦那、素敵な彼氏、安定の職。

欲張りな女だと自分でも分かっている。

ひとつ満たされるとまたひとつ欲張りになる。わがままだと分かっていても、まだ足りないと求めてしまう。

でもね、どれも大事でどれも手放したくない。

これが現実なんです…

社長とのこの関係がいつまで続くかなんてそんなことは考えていない。

このままの距離感を保ちたい。思うのはただそれだけ。

仕事にも余裕が持てるようになり、順調にスキルアップをしている。

順風満帆な生活だった。

社長とのデートでは決して贅沢は言わないし、人並みのデートを楽しめるのが私の一番の癒しだった。

「特別な彼女としてあの頃みたいにゆうには豪華に振舞いたい」

「私、それは望んでないです。キャバ嬢だった時はモチベーションを常に上げるために羽振りの良いお客様は特別でしたけど、龍さんとはごく自然にありふれたデートがしたいです」

「俺がしてあげたいって言っても?」

「はい!その龍さんの気持ちは本命の彼女が出来た時にその彼女だけにしてあげてください。なんか自分に見合わないことされても嬉しくないですし、青木さんとして接していた時と変わらなくなってしまうので…」

「ゆうがそう言うなら分かったよ。でもしてほしいこととかは遠慮なく言ってよ」

そう言いながら私の頬に優しく唇が触れた。

社長は毎日のように接待やら出張やらで忙しい中でも、少しでもと私との時間を作ってくれる。

職場でも私たちの関係はもちろん秘密。

職場での社長はとても厳しい。そのため誰も私たちの関係には気付かない。

もし誰か1人にでもバレてしまったら噂は一気に広まってしまう。

社長の立場を考慮して絶対それだけは避けなければならない。

そして社長と関係を持つようになって1年が過ぎた。