「ちがう、違います、先輩」

こんな時に先輩と呼んでしまい、ハッとする。
心の中ではいつだって、榛名先輩と呼んできた。それはオフィスでの呼び間違い防止のためでもあったけど、本質的な部分で私は彼を恋人だと見ていなかった。そんな証拠が露呈してしまう。

榛名先輩は目を細め微笑んだ。こんなときにどうして綺麗に笑うの?

「それでも、おまえの成長に関われたなら嬉しい。一ヶ月楽しかった。ありがとう」

やめて。そんな言い方しないで。
先輩は怒っていい。優しく笑う理由なんかない。

「行永」

榛名先輩が私の名を呼んだ。

「元の先輩後輩に戻ろう」
「やだ、嫌です」

私は恥も外聞もなく涙をこぼしながら首を振った。

「嫌です。私……」

あなたが好きなんです。好きになってしまったんです。
だけど、私があなたを受け入れた理由は、本当にさっきあなたが耳にした通りのことなんです。
私は、自分可愛さにあなたの好意を利用した。
そんな私があなたに泣いてすがる資格はないんです。わかってるの。
だけど、別れたくなんかない。

榛名先輩は泣きじゃくる私を残し、つま先を会社の方へ向けた。すぐにかほが迎えに来てくれたから、きっと先輩が声をかけておいてくれたのだろう。
最後まで榛名先輩は優しかった。

こうして私と榛名先輩の一ヶ月の恋愛は終わったのだった。