誰?その人は誰なの?
どうして、榛名先輩は穏やかな顔をしているの。そんな顔、私とふたりきりのときしか見たことないよ。
私は交差点のふたりを避けるように、会社に急いだ。何も見なかったことにしよう。
何も起こらなかった。
だけど、胸の中がごうごうと音を立てている。妙に腑に落ちたような感覚すらある。
榛名先輩ほどの人が、私なんかを本気で相手にするわけないじゃない。
本命は別にいるに決まってるじゃない。
もしかしたら、使えない部下の機嫌取りに告白してくれたのかな。
それなら効果絶大だ。あんなイケメンに言い寄られたらその気なくても揺れちゃうもの。格好いいところ見せたくて頑張っちゃうもの。
私……馬鹿だ。

「行永、ヒナタテレビの神田さんから電話」

戻るとちょうど電話が来ていたところだ。しっかりしなきゃ。仕事に戻るんだ。

「はい、ありがとうございます」
「まだ昼休みなのに。テレビ局ってその辺あんまり考えてくんないよな~。榛名宛の電話だけど、おまえでわかるよな」
「はい、大丈夫です」

電話を受け、メモを取る。まだ頭の中はぐるぐるだし、胸の中は嵐だ。だけど、今は仕事。集中して。
相手の早口の言葉を書きとめる。半分はわかる内容で、半分は榛名先輩に確認しなきゃならない内容。

『榛名さんにメール一本入れときますから~』

向こうも私だけをアテにはしていないようで、そう言って電話を切った。
私は内容のメモを榛名先輩のデスクに貼る。詳細はメールでって言っていたけれど、急ぎの件ならすぐに連絡しようかな。先輩は昼休み後に戻ってくると思うけど。

そこまで考えて、さっきの光景が過る。綺麗な女性と一緒だった榛名先輩の穏やかな表情が浮かぶ。