結婚前提で頼む~一途な御曹司の強引な求愛~

「傑さん……足元」
「ああ」

結果、榛名先輩のスーツはふくらはぎから下がどろどろのびしょびしょ。

「大変です。しみになっちゃう」
「まあ、すぐクリーニングに出せば」
「うちで泥だけ落としましょう」

私は即座に提案する。我が家は実は会社から駅ひとつ分、歩ける距離だ。ギリギリまで寝ていたいからと選んだアパートは、都心なので家賃が高く狭い。築浅なので、ボロボロで招きづらいってことはない。今から来てもらっても大丈夫な程度には片付いている。

「ここからだと二十分くらい歩きますが、泥だらけで電車に乗るよりいいかもしれませんよ」
「駄目だ」

ほぼ秒で榛名先輩が断りの言葉を口にする。

「里乃子の家には行かない」
「え、あ、大丈夫です。二十分って言ってもそんなに急いで歩けばもう少し早く着くと思いますし、泥落としてドライヤーで少し乾かす間はブランケットでも被っていてもらって」

提案しながら、もしかしてそういうことされるのが恥ずかしいのかな、なんて思う。男性のプライド的に、私にスーツを洗われるのも、それを待つのも嫌なのかもしれない。

しかし、先輩は拒否の姿勢で厳然と言う。

「互いの家を行き来するのは、もう少し付き合いが深まってからだ」

あれ?理由は恥ずかしいとかじゃないんだ。
でも、そんな堅いこと言うより、ぱぱっと泥を落としちゃった方がいいと思うんだけどなあ。