「手を、繋ごう」

うわあ、すごい迫力。恋人同士が手を繋ぐ時って、こんな感じでしたっけ。
私は差し出された榛名先輩の手をおずおずと握り返した。

「はい」

先輩がぐっと息を詰めた。表情はまったく変わらず、険しくてちょっと怖いくらいだけど、この瞬間彼が喜んでいることはなんとなく伝わってきた。
私たちはそのまま並んで歩き出す。初夏の夜は爽やかで、オフィス街を通り抜ける風も心地よい。

榛名先輩と付き合いだして二週間が経過した。
と言っても、私たちの間にはまったく何も起こっていない。二度ほどごはんを食べに行ったことと、たまに一緒に帰るくらい。

オフィスでの榛名先輩は、以前とまったく変わらぬ厳しさで、言葉も態度も冷淡なまま。だけど、社外では打って変わって優しい。手を繋ぎたがったり、頬を赤くして照れたり、改札で別れるときにわずかに寂しそうな顔をしたりする。
榛名先輩のこういうところ、社内の誰も知らないだろうなあ。

私たちの交際はおおっぴらにしはしていない。知っているのは私の同期三人だけだ。
内緒にすることを提案したのは榛名先輩の方。榛名先輩的に私みたいなのと付き合ってるのは恥ずかしいんだろうなと解釈していたら、『里乃子は困るだろう』と言って私を気遣う素振り。どうやら、私が『お友達から』と言ったことを丁寧に守っているようで、私にいつでも逃げ道を用意している様子なのだ。
要は別れても、同じ職場に居やすいようにという配慮なんだよね。
愛、深すぎない?