「えっと、あの」

私は言葉に迷う。当然、お断りの言葉だ。
もったいないでしょ、こんなハイスペックメンズが、私みたいなのに貴重な恋愛感情を捧げちゃったら!とっとと目を覚まして他の女子に行った方がいいって!
それに、私はこの人を恐怖対象として見ている。ビビりまくっている人と付き合って息苦しい想いはしたくない。
でもここで問題よ。榛名先輩は今後も私の指導係だ。ここで断って関係が崩れたらどうしよう。より厳しい対応をされるようになっちゃったらどうしよう。

「すまない。立場を利用する気はない。おまえが嫌なら、きちんと断ってくれ。それで、仕事上おまえが嫌な想いをすることはないと約束する」

私の心を読んだように榛名先輩が言う。その口調は緊張感と同時に、すでに私の断りの言葉を待っているようにも見えた。
脈なしだってわかってて、告白してきたのかな。
なんとなく、もやっとする。それならなんで結婚を前提にとか言ったの?

「榛名先輩」

名前を呼んで、そこで固まってしまう。頭の中は忙しく動き出していた。
同期のかほの言葉が浮かぶ。恋愛に興味なしなんて枯れてる。このままじゃ老後はひとり。
確かにこのままだったらそうだ。目の前の榛名先輩は、私みたいな女に告白してくれた稀有な人。何もなく振ってしまうのは惜しいのでは?

結婚を前提になんて言ってるけど、付き合えばすぐに私がつまんない女だってわかって、恋は秒速で終わる。絶対、そう!
そのとき、彼の経歴に私みたいな女と付き合ったことは黒歴史になるかもしれない。だけど、私の経歴には『一度だけすごいイケメンと付き合った』という思い出になる。
何もなかった恋愛事件帳にたった一ページの素敵なメモリー。……悪くない。