テーブルの上に置いたのは、辞書よりもはるかに分厚い紙の束。
綴られた文字を見た瞬間、役人達の顔つきが変わった。
「立ち退き撤回を求める署名…!これ全部か!?」
「はい。ここに、ペレグレッド国民百万人分の署名があります」
「百万だと!?」
ネットに寄せられた署名は、予想を遥かに超える量だった。百万という数は都市の人口には届かないものの、SNSには国中から支持の声がある。
会見を目にして賛同する人が増えただけではなく、署名をした一人ひとりが周りの人に拡散して、新たなメディアが魔物に対する偏見への批判や国の悪事について取り上げる未来がすぐそばまで来ているのだ。
数が問題というわけではない。この立ち退きと魔物の一件の行く末を多くの国民が見ているというプレッシャーこそが最大の武器であり、対抗措置なのである。
「こんなのありえない!水増ししているに決まっている!」
「無いと断言します。この署名は、戸籍にある名前でしか登録できず、IDで管理されているため第三者が不正に利用することはできません」
「金で雇ったか?魔物の力で脅したのか?」
往生際が悪い役人に痺れを切らしたのはルキだった。
勢いよくテーブルに手をつく店主に震える役人。藍色の鋭い視線が奴らを貫いた。
「ガタガタ見苦しい。俺たちは結果を出したんだ。約束通り、ダム建設は白紙にしろ」
その時、ひとりの役人が逆上したように通信機を手にする。
「こうなったら、力ずくで店を潰してやる…!城の騎士団を攻め込ませろ!」
なんだって…!?この期に及んで、全面戦争でも始めようというのか?
一気に敵意を剥き出しにする魔物達。役人も引く気配はない。
しかし、通信機の向こうから響いたのは、動揺したような声だった。
『管理官、申し訳ございません…!騎士団は、王の命令以外では出動しないと突っぱねております』
「どういうことだ!?私は奴らよりも階級が上なんだぞ!」
『しっ、しかし、どうやら若い騎士団員の男が王に直接掛け合ったようで、騎士団に待機命令を出した王がそちらに向かっています』



