ケットの体は、紛れもない黒猫だった。
毛並みもグレーの瞳も少年の時と同じ色だが、目の前で起こった出来事が信じられない。
夢でも見ているかのような感覚に包まれていると、黒猫から聞き慣れた声が聞こえる。
「そーいうこと!ごめんね、びっくりした?」
「す、すごい!猫の姿でも喋れるのね!?」
思わずテーブルに手をつき、身を乗り出してケットを見つめる。
すると、ケットは戸惑ったように鳴いた。
「あれ?想像とちがう反応だなぁ。叫んでレストランを飛び出すくらいすると思ったのに」
「そりゃあ、すごく驚いたけど、それ以上に感動しちゃって」
ヒトではない存在。それが実際に目の前にいるなんて。
頬をつねってみても夢から覚める気配はないし、口に残るマズいスープの味も本物だ。
これは現実。
人里離れた国境の町で、こんな奇跡的な出会いがあるなんて思わなかった。
そぉっ、と毛に触ってみると、その肌触りはまるでぬいぐるみ。ノドを鳴らすケットは気持ち良さそうだ。
「ケットは猫なの?」
「ううん、正確には“ケット・シー”っていうんだ。人の言葉を喋れる猫の魔物」
魔物!
なんて好奇心くすぐられる響きなんだろう!
確かに、得体の知れない生き物が人間に紛れて暮らしているなんて、普通の人からすれば気味悪く感じるのかもしれない。
しかし、私にとっては大歓迎だ。
こんな素敵な出会いができたことに心が躍る。



