「あの、色々聞きたいことがあるんだけど、いい?」


目の前に座って頬杖をつくケットに尋ねると、友好的な表情の彼は「いいよ、何でも聞いて」とこちらを見つめている。


「さっきの人が例のご主人様なの?すごく機嫌が悪そうだったけど」

「そう、あの人が《レクエルド》の店主。ミレーナにあんな態度だったのは、国の役人と間違えたからだよ。店に来た役人に、町を出て行くように催促されるのが日常茶飯事だからさ。いつもああやって追い返してるんだ」

「どういうこと?強制的に町を出て行かされるなんて、普通じゃないわ」


なんて物騒な話なのだろう。国の役人なんてそうそう会うものじゃない。

ケットは静かに語り出す。


「実は、この町は半年後にダムの底に沈められちゃうんだ。ミレーナも見たでしょ?あの真っ暗な町を。この町の住人は僕とご主人様しかいない。みんな立ち退きで出ていっちゃったから」


ケットの話では、国境に位置するこの町は、都市部が栄えだした十年程前から住人の数が減り、交通機関の本数も削減されたせいで外からの観光客や移住人もいなくなってしまったらしい。

やがて、人々から忘れ去られた町は国の地図からも消えてしまい、公共事業としてダム建設の話が持ち上がった。そしてついに、立ち退きの勧告が出たそうだ。


「ひどい話ね。まぁ、公共の福祉が理由なら、とても難しい問題だけど…」


すると、私のセリフを聞くなり、ケットは顔をしかめた。


「違うんだよ、ミレーナ。国の目的はダム建設をすることじゃない。この町から僕たちを追い出すために、町をダムに沈めようとしているんだ」