顔を覗き込まれ、指があごに触れた。くいっと引き上げられてお互いの視線が交わる。

彼は疑わしげに見つめていたが、やがて一歩離れて低く告げた。


「座れ。好きな席でいい」


未だかつて、こんなに高圧的な接客があっただろうか。前世でも経験したことがない。

しかし、何かを言えば反射的に先程の鋭い視線が飛んでくる予感がして、素直に窓際の席へと腰掛けた。

そして、表情ひとつ変えずにキッチンへ向かおうとする男性に、おずおずと声をかける。


「あの、メニューってありますか…?」

「ない」

「えっ!」

「そのまま待っていろ」


呆気にとられ、開いた口が塞がらない。

レストランなのにメニューがないなんて。もしかして、面倒くさがられた?それとも、その日の気分で料理を出す気まぐれシェフなのだろうか。

すると、ケットがおずおずと隣へやって来て眉を下げた。


「ごめんね、びっくりしたでしょ?ちょっと物言いはキツイけど、怖がらないでね」

「えっと…だいぶ驚いたけど平気よ。ひとつ聞きたいんだけど、この店には本当にメニューがないの?」

「うん。ご主人様、料理苦手だから」


予想外の答え。

メニューがないのは、気まぐれなどという以前に、作れるレパートリーがないからという理由らしい。

本当に、ここは私の常識を遥かに超える店だ。異世界といえど、地元や都市部の飲食店は日本と変わりない普通の店だった。

やはり、このレストランが特殊なのだろう。

駅に降り立った時から感じていた違和感が徐々に膨れ上がる。