夕闇が、黄昏に赤々と染まる街並に、暗い影を落とし込む。

街灯の明かりに生み出された家路を急ぐ人々の影法師が、アスファルトにゆらゆらと微妙なシルエットを描き出している。

太陽の微かな残り火が照らすのは、がらんとした4畳と半の何も無い狭い部屋の中。その真ん中に一人の少年がポツンと座り、一心不乱に何かに没頭していた。

ぴり、ぴり、ぴりぴり――。

少年が微かに動くたび、紙を破くような音が薄暗い部屋に響き渡る。

ぴり、ぴりぴりぴり――。

小さな白い手が、ノートの一枚一枚を、切り離していた。

まだ幼さを残す頬の丸いラインが、黄金色に浮かび上がる。舞い踊る埃の群れ。と、突然、永遠に続くかと思えたその音が、ピタリと止んだ。

「これは、お父さん」

子供らしい可愛らしい声が、シンと静まり返った暗い部屋に木霊する。

少年は、破いたノートで飛行機を折りだした。

「これは、お母さん」

一つ、また一つと、増えていく白い紙飛行機。少年はひたすら紙飛行機を折っている。

薄闇が夜の闇に変わる頃、外から学校帰りの小学生の賑やかにはしゃぐ声が聞こえてきた。

少年は、その声に引き寄せられるように窓辺に歩み寄ると、手にした紙飛行機を一つ、ツイ――と、空に向かって放った。

闇に吸い込まれて行く紙飛行機。それが、三人の小学生の足下にフワリと落ちる。

「どこから飛んで来たんだ?」

少年の一人が紙飛行機を拾い上げて、飛んできた先を見付けようと視線を巡らした。

「どこも飛んできそうな所ないよなぁ」

「あれ? これ算数のノートじゃん?」

それは、確かに五年生の少年達が使っているのと同じノートだった。

「あ、そんなことより、テレビのアニメ始まっちゃうよ!」

一人の掛け声に、少年達は家に向かい元気に走り出した。

後に残されたのは、深い闇に佇む廃墟と化した古アパート。昔そこで不慮の死を遂げた少年の事を覚えている者は、既にいない。

敷地の入り口に張られた、錆びた鎖に付けられた『立ち入り禁止』の朽ちかけた看板が、夜風に吹かれてカタカタと音を鳴らした――。

誰そ彼。黄昏時には、現世(うつつよ)とあの世が交わると言う。

少年は今も、紙飛行機を飛ばしているのかもしれない。