七月、ある日の午後三時。

一心不乱に歩き続けていた彼は、桜の木影で日差しを避けて立ち止まった。

暑い。

暑くて、かなわん。

木陰に居ても、都会のねっとりと湿気を含んだ熱い空気が身体中に纏わりついて、彼をますます苛つかせた。

こんなにコンクリートだらけにするからだ!

心の中で愚痴ると、青々と茂った枝葉の間から覗く都会のくすんだ空を見上げた。

木影に居てさえ、真夏を思わせる灼熱の太陽の輻射熱は、じりじりと情け容赦なく皮膚を焼いていく。

彼は、乾ききった喉をごくりと鳴らして、ゆっくりと周りを見渡した。

ブランコ。鉄棒。滑り台。

形ばかりの遊具は、どれも使い込まれてペンキが剥げて古びている。

まるで今の自分のようだ。

都会の小さな公園。

どうしてこんな所にいるんだろう? と疑問に思う。

遥か遠く離れた故郷。

家族の元を離れて、一体何年経ったのだろうか?

住めば都と、最初はこの街の環境に慣れようと必死に頑張った。

だが、ここの空はくすんでいて青くないし、水も消毒臭くて飲めたものじゃない。

そう。文字通り、水が合わなかったのだ。

「あれぇ? どーして、こんなところに、いるのぉ?」

不意に後ろから声を掛けられて、彼はぎょっと振り返った。

綿菓子みたいな幼い少女が、小首を傾げて彼を覗き込んでいる。

丸い頬には片えくぼ。耳の後ろで二つに縛った髪の毛は金色で、ふわふわカール。

鳶色の大きな瞳は、好奇心でキラキラと輝いている。

なんだお前!? 

彼は、警戒心剥き出しでジロリと少女を睨み付けた。

なれなれしいのは好きじゃない。

「どこから、きたのぉ?」

少女の質問に、彼は答えない。

「お家はどぉこ?」

いや、答えたくても答えられない。

なぜなら彼は――。

「ねぇ、カメさん、お家がないなら、みーちゃんちに行こうー♪」

少女は、ニコニコと満面の天使の笑顔で、必死に抵抗する彼をむんずと掴み、るんるんスキップで公園を出て行った。

たっ、助けてくれーーっ!!

もちろん

彼の必死の叫び声は、誰の耳にも届かなかった。

 
 了


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