さんさんと降りしきる、真夏の太陽光。青く澄み渡った空には、もくもくと白い大きな入道雲がまるで綿菓子のように浮かんでいる。

ぶかぶかだけど、お気に入りの赤いリボンのついた黄色い麦わら帽子を被り、母の優しい声に送られて、幼い私は元気いっぱいに駆け出す。

はあはあ息を切らし庭の生け垣を抜け、道路を一つ越えて小さな林の坂道を抜ければ、そこは私のお気に入りの散歩道。

田んぼの青い稲穂が、森を抜けてきた少しだけ秋の気配を含んだ乾いた風に煽られて、サワサワと微かなメロディを奏でながら楽しげに揺れている。

むせ返るような青い草の匂い。咲き誇る小さな名もない草花たち。遠く近く忙しなく響く、みんみん蝉の声。

全てが新鮮で、全てが懐かしいその風景。

私を呼ぶ優しい声に、振り返ればそこには――。

私は、グレーの壁に掛けられた、一枚のキャンバスに描かれた風景を、身動ぎもせずに見詰めていた。

幼い私と病気がちの母を捨てて、画家と言う自分の夢を選んだ、冷徹で利己主義な人間。

私はずっと、そう思って憎んできた。

ううん。

憎まなければ、生きては来られなかった。

もしも再び会う時が来たとしても、絶対、認めない。その生き方も、その存在も。

そう固く心に誓っていたのに……。

一枚のキャンバスの中に、まるであふれ出るように描き出された風景。

その風景は、私の心の琴線をかき鳴らした。

なんで、こんなに温かいの?

なんで、こんなに切なくなるの?

狡い。狡いよ。

カツ、カツン。カツ、カツン。

片足を引きずる独特の足音が背後に響く。

ぎゅっと目を瞑り、一つ大きく深呼吸をする。

私は目の前のキャンバスを、もう一度見詰めた。

この風景が描ける人なら。

懐かしい気配が、近づいてくる。

私は、上手く微笑む事ができるだろうか?

ゆっくりと振り返る。

その視線の先には、あの頃よりも大分年老いた、父の照れたような笑顔があった。

第12回 全日本美術展覧会 
金賞
作品名 ゆきの散歩道
作者名 岸谷幸生

 ―了―