一面のオレンジの色彩が網膜を焼く。

海を見下ろす崖の展望台には私達の他は人影はない。私は眩しさに思わず目を細めて、そのオレンジに染まる海をを背景にポツリと佇む人影を見詰めた。

展望台の白いフェンスに肘を付いて、やはり眩しげに目を細めながら煙草を燻らせる姿は、緊張している素振りはない。寄せては返す波のリフレインに励まされるように私は口を開いた。

「もう、猫を被る必要はないわよね?」

私のセリフに、彼は軽く肩をすくめてツイっと視線を外し、オレンジからコバルトブルーに変わりつつある海を見詰めた。その横顔に、ふっと寂しさが滲んだような気がした。

「まあ、君がただのお手伝いさんじゃないことは、始めに分かったよ。普通のお手伝いさんは、暴漢をこてんぱんにやっつけたりしなからね」

最初から分かっていて私に言い寄っていたのか、この狸オヤジは!

尚も人の良さそうな笑みを崩さない彼を、私は思いっきり睨み付けた。

「君の正体は警察か、探偵か、それとも……」

「泥棒よ」

「なるほどね。ご同業だったわけだ」

彼の人の良い笑みが、苦笑に変わる。そう。この人とは、始めから相容れない間柄。奪う者と奪われる者。それが、運命ってやつよ。

「竜の涙は私が頂くわ」

私は、右手に握り込んでいた大粒のダイヤモンドを夕日にかざした。

「別に良いけど、それ、レプリカだよ? 本物はこっち」
「え!?」

ギョッとして、手の中のダイヤに気を取られたのがまずかった。『しまった』と思ったときには、私は彼に抱き上げられてしまっていた。

「ちょっ、ちょっと卑怯よ! そんな子供だましみたいな手を使うなんて!」

「その手に引っ掛かったのは、誰でしょう?」

クスクスと楽しそうに笑う顔が近すぎて、思わず顔が上気する。

「まあ観念して僕のプローポーズ、受けちゃいなさい。そうすれば、ダイヤは2人の物。万事めでたく大団円だよ?」

なによ、その三段論法は!?

ふっと、微かに残っていた空のオレンジがディープ・ブルーに変わった。

「答えは?」

近づく彼の笑顔。

完全に闇に覆われた暗い世界に、ポッカリと浮かんだ白い満月が、楽しげに私達を見下ろしていた。

―おわり―