あ~かったるい。

満腹な午後の数学の授業なんて、睡魔との戦いでしかない。

二階の教室の窓際の席。黒沢沙希は、立てた教科書の影で大あくびを一つすると、まだ夏の名残の強い日差しに焼かれるグランドに寝ぼけた視線を落とした。

あれ?

ポツン――と一人、咲き乱れる花壇の向日葵の群の中に、私服姿の青年が佇み、沙希の方を見ている。

黒いTシャツに黒のジーンズ。その出で立ちも目を引くが、それよりもっと目立っているのは、その容姿だった。

「うわっ、すごいハンサム」

細面の顔は、こんがり日に焼けていて彫りが深い。スッと通った鼻筋、きりりと引き結んだ形の良い唇。そして沙希を見詰める二重の切れ長の目は、何処か悲しみをたたえていた。

ゴホン!

聞き慣れた咳払いの音に、沙希が恐る恐る教壇の方に視線を向けると、想像通りのモノが視界に飛び込んできた。

「黒沢沙希。授業が終わったら、職員室に来いなさい!」

数学教師の山田が、神経質そうに銀縁メガネを指先で押さえながら、イライラと怒声を上げる。

クスクス楽しそうなクラスメイトの笑い声を、窓から吹き込んできた生温かい風が、校庭へと運んで行く。

その声に耳を澄ませていた黒衣の青年が眉間に深いシワを寄せて、『ふう』と一つ大きく息を吐いた。

「一条寺さん、如何ですか?」

青年の隣に佇む老境の男性が、ハンカチで額の汗を拭いながら妙に掠れた声を掛ける。

「数学の授業中ですね。みんな満腹で眠そうですよ」

青年の声には、微かに笑いの成分が含まれている。

「……そうですか。私には霊感などと言うものはないので、たたの廃校舎にしか見えませんが……」

老人は、悲しそうに視線を落とした。

「で、どうします? 依頼を受けたからに除霊はしますが」

「お願いします。娘を先祖代々の墓に眠らせてやりたいんです」

「分かりました、黒沢さん」

青年は、静かに目を閉じた。

十年前、軍事ヘリの墜落事故で多数の死者を出したとある高校。そこでは、今も変わりなく授業が行われていた。生者は死者の安らかなる眠りを願う。だが、当の死者はそれを望んでいるのか……。

人気の無くなったグランドを、幾分秋の気配を含んだ湿った風がサワサワと吹き抜けて行った。