何かを察したように膝に手をついて視線を合わせた先輩が「なに、」って訊ねるから。その距離に少しだけ顎を引いて唇を尖らせると、やっとのことで先輩を見た。
「…あ、ありがと」
そしたら先輩は、どういたしまして、って笑ったんだ。
球技大会閉会式は表彰式と併せてそのまま体育館で行われ、女子バスケットボール部門で優勝した1-Aには、クラスメート全員にジュースが配られた。そのあとは、今後も一致団結して行こうな、なんてありがちな担任の言葉で締めくくられ、その場はお開きになった。
ここ一週間ボールと触れ合っていただけに、いざまたしばらく腹なくなると思うとちょっぴり寂しいものがある。つい一週間前までは、ボールと友だちになることに必死だったのに。
各々教室に戻り、人数も疎らになった体育館で最後の片付けがてら、ボールにさよならを告げる。まるで今生の別れのようだ。いや、体育とかでまた嫌でも目にするんだろうけどさ。
「ありがと、ボール」
顔の高さにボールを持ってきて、小さく呟いてみる。すると、足元に別のボールが転がってきた。白の、バレーボールだ。
「あ、ごめーんそこの子、ちょっとそれ取ってくんない?」
「………」
「もしもーし、聞こえてますー?」
少し離れた場所で声を上げるのは、2年の男子生徒だ。ボールに気を取られて完全に油断してた。硬直して動けない私に、首を傾げた二人組が徐々にこっちに近寄ってくる。
怖い。
「ちょっと声かけてんだから反応くらい、」
「ごめんなさーいっ! お待たせしました!」
突如、私の横を茶髪の彼女がすり抜けた。鼻腔にふわりと届く花の甘い香りに、記憶の糸を手繰り寄せる。目を見開くと、案の定。
私が今朝タオルを返した常葉さんだった。彼女は私の前に立ち、バレーボールを2年の男子生徒に手渡している。
「あ、ありがとう」
「どういたしましてー」
無反応な私に一度は機嫌を損ねた二人組も、突然現れた彼女の可愛さに絆されたみたいで。少し頬を染めると照れくさそうにボールを受け取っている。加えて彼女がとびっきりの笑顔を向けるので、二人組は嬉しそうにその場を去っていった。
「…常葉さん、ありがとう」
「ううん、全然だよ。びっくりしたよね、大丈夫?」
「ぁ、う、うん……。えっと…何か忘れもの?」
「うん、せっかく小津さんに返してもらったタオル、体育館に忘れちゃったみたいで」