「何してんだお前」
「き、鬼頭先生、今何時ですか」
「…10時50分だけど」
「いけない、私次のバスケの試合出なくちゃいけないんです。こんなところで時間潰してる場合じゃなかった、ありがとうございました、それじゃ!」
「待て、体育館なら逆だ逆」
方向音痴ってなんで自信満々に逆方向に走るんだろう。思わず駆け出した方向からぎゅん、と方向転換して先生に頭を下げると、もう一度ダッシュする。
その際「中庭を抜けるとショートカットになるよ」という私より後に赴任したはずの先生から耳寄り情報を聞いたとき、それに従いながらも我ながら情けないなぁ、なんて思った。
☁︎
「…試合前になけなしの体力を削ぎ落とすことになるとは」
帰宅部には超絶キツいんだけどこれ、と四六時中貧血気味な私は階段の下で膝に手をついてぜえぜえと息を整える。
でも良かった。鬼頭先生のアドバイスのおかげでなんとか時間には間に合いそうだ。ふう、と胸に手を当てて体を起こし、手すりを持って階段に足をかける。
「なーっ、頼むよ委員長!」
その時、階段の踊り場から声がした。
少し顔を傾けてみると、体操服を着た男子二人が、同じくジャージ姿の眼鏡女子に合掌して頭を下げているのが見える。
「おれ、怪我したやつの代打でサッカー出なきゃいけなくなったんだわ! でもこのテニスのトーナメント表、今すぐ職員室に届けに来いって先生に言われてて…頼れるの委員長しかいないんだよー!」
「…えっ、と」
「おねがいおねがいおねがい!」
…なんだあれ鬱陶しいな。
私だったら蹴飛ばすわ、というやさぐれた悪態を、女子のみんながみんな持ってるってわけじゃない。
事実、くどいくらいの懇願を前に「委員長」と呼ばれた眼鏡女子は一度困った表情をしただけで、少し考えたあと、折れたように顔を上げた。
「…わかりました。持ってっときます、わたし」
「わー! サンキュ! やっぱ委員長頼りになるわ〜!」
「おい早く行こうぜ!」
「おう! じゃあこれよろしく! ありがと委員長!」
雑な投げキッスに苦笑いする彼女に、トーナメント表とやらを容赦なく押し付ける男子生徒。上からばたばたと慌ただしく降りてくる彼らを壁に寄ってサッと避けると、すぐに受け取った書類を抱えて眼鏡の女の子が降りてきた。
目を伏せて、私も一段一段、階段を上がる。も、すれ違った直後、小さな悲鳴と同時にばさばさっ、と書類の落ちる音がした。
…どうやら、書類をぶちまけたらしい。
「……もうやだ…」
しゃがんで、その一つ一つを拾い上げるその子の横を確かに生徒たちは通りすがるのに、誰一人助けようともしない。
私だって、同じだ。だって、ここで時間潰してたら自分の出番に間に合わなくなってしまう。
間に合わなく、なっちゃう。
だけど。
一段上がったところで、きゅっと口を結ぶ。それから私は思いっきり振り向いた。



