さよなら虎馬、ハートブレイク


 それでも頼まれたらきっと、あの人は嫌な顔一つせず引き受けるんだろうな。いいよーって。私に頷くみたいに。そんなヴィジョンがスッと頭に降りてきて、眉を下げたまま少しだけ笑った。

 その時だ。


「うわっ!!」


──────私のいた真横の壁に、サッカーボールが飛んできた。
 な、な、と青ざめて縮こまっているとははは、と向かいから笑い声が歩いてくる。


「ナイス条件反射」

「なっせっ…先輩っ…!?」

 わなわなと震える私に、彼は「藤堂先輩です」、と挨拶をする。じゃなくて!

「危ないし! 当たったらどーするつもりだったんだ!」

「大丈夫当たんないように投げたから」

「お前が投げたんかい!」

 べいっ、とボールを掴んで投げると律儀に「ハンドー」って返された。ほんとむかつくし。…むかつくな!

「なんかふとオズちゃんの気配を感じたから来てみた」

「あんた爽やかに言ってるけど言ってること相当やばいぞ」

「近くで見てりゃよかったのに、なんでこんな遠いとこ? てかオズちゃんひとり?」

「え? や、先生が…」

 います、と隣を見たのに鬼頭先生は忽然(こつぜん)と姿を消していた。あれっ、と間の抜けた声を出す私に、上からはクス、と笑う声がする。

「素直じゃないんだから。正直に見に来ましたって言やいいのに」

「…ひ、暇だったから」

「ツンデレ」

「うっさい」

 手で殴る真似をしたら、えーってからかうような声が降ってくる。10番のビブス、光にも透けない黒髪。あつ、って視線を伏せた先輩のまつ毛がそのときあんまり長いから、つい目で追いかけていたらぱっと気づかれて顔を逸らした。

「あ、そうだ。女バス、初戦どうだった?」

「…い、いっこめは勝った」

「おー! やったじゃん!」

「でも私ボール触ってない…」

「ばかだな、そこにいることが肝心なんだよ。オズちゃんが試合に出てることが。じゃなきゃ得られなかった勝利だ」

 そっかそっか、と腕組みをして頷く先輩はやたらと感慨深いみたいで。何がそんなに嬉しいんだろ、と微妙な顔をしていたら、遠くから先輩を呼ぶ声がする。

 藤堂ー、とか、藤堂くんやだーどこー? って。取り巻きのそんな、呼び声。そもそもこんなとこで時間潰せる人間じゃないんだよな、このひとは。


 引く手数多(あまた)で、誰にも必要とされていて。



 私とは、まるで真逆の。



「…先輩、呼んでる」

「呼んでるねえ」

「人ごとかよ。…先輩いないと、チームメイトも、取り巻きの女子たちもガッカリですよ」

「他の女子のことはどうでもいい」