そして、昨日私のことを助けてくれてくれたにも関わらず、嘔吐してしまった———要は、恩を仇で返してしまったひと、でもある。

 他人と関わらないよう、同級生や学校の生徒の情報は常日頃右から左だったけれど、そうだとわかったからには見て見ぬふりは出来ない。下を向き、背を丸めて生きたとしても、人として通さなければならない筋があることはなけなしのプライドが嫌と言うほど物語っていた。

 なかったことにする、お礼をする、という二つを天秤にかけてその重りが秒で右に傾いた瞬間思いついた“提案”は今日の朝、学生鞄のポケットにあらかじめぶち込んできた。

 あとはそれを上手く、遂行出来るか。


 一分一秒と差し迫る放課後を前に、募るのは陰鬱な気持ちばかり。せめて気を晴らすためと、私はイヤホンを耳に差し込むと、音楽プレーヤーの音量を最大にしてどすりと机に突っ伏した。


 ☁︎


「また妙なのに好かれたな」

 昼休み、東校舎。

 廊下で女子を口説いていた武勇伝を大手を広げて説明していた結果、タイミング悪く通りかかった教頭の後頭部にチョップを繰り出し裏庭掃除を命じられた藤堂の友人・江坂(えさか)智也(ともや)は、校舎の窓、その一角を見上げて呟いた。

「あ、やっぱ? どうしようカスミちゃん…いやミカちゃんかな心当たりあり過ぎてわかんない」

「そうじゃなくて校舎の窓枠3番目」

 藤堂が廃棄場にゴミ袋を放り投げて振り向くと、窓枠3番目にて双眼鏡両手に此方を眺めていた一人の女子高生———昨日の黒髪少女はギョッとして慌てて校舎の中に引っ込んだ。


「あ。リバちゃん」

「リバちゃん?」

「昨日。駅前のショップで絡まれてるとこ助けたら何故かスニーカーに戻された」

 リバースしたし名前聞いてなかったから仮にここでリバちゃんで。モーション付きで言う藤堂に悪気はなさげだが、ネーミングセンス皆無だしさすがにそれはやめてやれ、と智也が告げる。