「門倉先生に限らず、お前は恐らく腫れもの扱いされてきたんだろうね。未知の存在に怯えるんだ、人間は。触れ方がわからないから攻撃する。相手の出方を(うかが)う。いつの時代だってそう」


 先生の白い手が、窓の外から吹いた風でなびいた髪をそっと抑える。ショートの茶髪は絹のように流れ、その煌めきが芥川龍之介の「蜘蛛の糸」、一条の光みたいだな、なんて。

 なぜかそう思ったんだ。


「その点、こっちは得意分野でね。安心しろ、私はお前の味方だよ。そもそも男嫌いだしな」

「すいません信憑性皆無なんすけど」

「それはお前がいい男だったから♡」


 クールな雰囲気を纏いつつ影のある笑みを浮かべる先生に、先輩は笑顔を引きつらせている。キャラが濃くて飲み込むのにはまだ、時間がかかりそうだけど。いつの間にか私の前まで来て手を差し出すと、鬼頭先生は真っ直ぐ、力強い瞳で微笑んだ。


「改めて、鬼頭結羅(ゆら)。よろしく」


 ☁︎


 ガヤガヤと騒ぎ声の響く1-A。6限目のLHRでは、一週間後に控えた球技大会の種目決めで生徒たちが湧いていた。

 ああでもないこうでもない、と物議を(かも)す生徒たちの(かたわ)らで、自分の席に着いたままの私は鞄に入ったタオルを見て、ちらと後方に視線を向ける。


───タオル返したきっかけに、もしかすっと仲良くなれるかもしんねーよ?


「柚寧ー、種目どーする?」

「私球技苦手だからバドミントンにしよっかなーって」

「んじゃ私もーっ♪」

「決まりねーっ」


 いや、無理無理無理無理。

 あんなキャピキャピした軍団の中に満を持して(おもむ)く度胸、いくら何でもないってあの先輩(バカ)もうちょい考えてもの言えよ。顔の真ん中に青筋を立たせて前のめりになると、思わず机に突っ伏す。あ、やばいプレッシャーで胃が痛くなってきた。


「よーし、大体これで種目選択は全員出来たか? ひーふーみー…ん? あ、いやちょっと待て女子! バスケ、定員一人足りないぞ、入ってないやつ誰だー」


 どうしよう。タオル借りっぱなしも良くないし、だからと言って先輩に返しても文句言われるのが(せき)の山だ。こうなったら放課後本人が帰ってからさも先輩が入れたように机の中に押し込……


「小津!!」

「っ!?」


 急に名前を呼ばれ、思いっ切り起き上がる。いつの間に教室の(ざわ)めきが静まったのか、既に席に着いた全員が私に視線を集中させていた。 


「お前、バスケやれるか」

「え」

「やれるのかやれないのか!」

「や、やれます!」

「───ったく…とっとと名前書きに来いよ」


 門倉先生に高圧的に吠えられて、あまりの剣幕に萎縮(いしゅく)してしまう。怖くて思わず首を縦に振ったが、担任が黒板、女子バスケットボールの欄に私の名前を書いた瞬間、真顔のまま固まった。



「…え、バスケ?」



 私、球技壊滅的なんですけど。