「意外?」
「えっ」
「あいつ。誰にでも分け隔てないからね」
上履き袋を手にぶら下げた江坂智也が、先輩を目で追いながら言う。そのまま少し笑って彼が背を向けようとするから、私は咄嗟《とっさ》に
「あ、あの!」
その背中を呼び止めた。彼は振り向き、顔を少しだけ傾ける。
「その節は…その、ありがとうございました」
「…ごめん何が?」
「あの、先週…トイレでの」
安斎《あんざい》先輩との一件の時、あなたも協力してくれたから。ボソボソと声を出す私に、彼はやっと思い出したらしくあぁ、と軽く声を上げた。
「全然。おれ指動かしてただけだから。
まぁちょっと尻叩きはしたけどさ…実際動いたのはあいつでしょ。君の様子がおかしいって、いち早く察知してたよ」
「…らしいですね。普段あれのくせに、よく見てます」
「洞察力に優れてるんだよ。それに関してはおれも引けを取らないつもりなんだけど、君のこと藤堂に教えたのもおれだしね」
「!?」
そ、そうだったのか。でも確かにそう言われてみれば、出会った時からあのひとは私の名前を、事情を知っていた。それってこのひとが予備知識を注入したからだったのか。まさかここで謎が解けるとは思わず、自分でも何とも言えない顔で彼を見上げる。
「し、知らなかった」
「言ってないからね。でも結果的に良い方向に転んだみたいで、良かった」
藤堂にとっても、君にとっても。
私を見て、目を細める彼を見る。私はいつもならすぐ逸らしてしまう男性に対する目を、その時ばかりは、真っ直ぐ。
まっすぐ見て、逸らさなかった。
「………えと、あの」
「呼び方でしょ」
「エスパー!?」
「いや違うけど。智也でいいよ、みんなそう呼んでるから。その代わり、おれも小津さんて呼んでいい?」
「はい、じゃあ…えっと…、智也、先輩」
人が会話する普通の距離よりやや遠く、見知らぬ男子よりは近い距離で、おず、と口に出す。慣れない口調で言うと、茶髪の爽やか男子・江坂智也、改め智也先輩は満足そうに微笑んだ。
そして二秒後、その顔が横から出てきた手に覆われる。
「おいこら。そこは何をイチャイチャしとんじゃい」
「名前をもらってた。おれ智也先輩だって」
「あー、ずりーぞ智也! 俺だってまだまーくん♡ て呼ばれたことないのに」
「それ呼ぶ日来ないですよね」
「いやわかんねーよ? 明日には真澄って呼んでるかもしれない」
「なかなか始まらないですね、全校集会」
「スルー技術高過ぎん?」