「…っ」

  バスに乗降することは試練、と言っても過言ではない。

 案の定通勤通学ラッシュのバス内はごった返していて、 みっちり人で埋め尽くされた車内には男性も多くいる。バスに乗れば、およそ10分では学校に着くと思う。でも、その10分間…私は耐えられるんだろうか。密閉した空間、 ぎゅうぎゅう詰めになった車内。中年、同級生…男性の圧を間近で感じるのを想像し、冷たい汗が背中を伝う。

 瞬間、クラクションを鳴らされ、バス停に立っていた私はハッとした。


「ちょっと君、乗るの乗らないの、どっち!」

「………ぁ、と」

 私、──────…やっぱり。

「乗りま」

「す───っ!!」

「!?」

 諦めて後退(あとずさ)りをした私の体は瞬間、後押しを受けてバスの中に押し込まれた。
 ぷすん、と音を立てて背後で扉が閉まる音がして、急にすり替わった視界に見慣れた同じ学校のネクタイがぶら下がる。


「いぇーい間一髪」

「とっ…藤堂先輩!?」

「ぉはよ。寝癖ついてますよ」

「せ、…っ先輩こそ」


 白い歯を見せて笑う今日も今日とて爽やかなルックスの、その後ろ髪に珍しく発芽を見つけた。

 わざとかなと思ったけど念のため指摘すると、軽く整えられた無造作ヘアの右耳後ろあたりのそれを自覚したのか、先輩は視線を外して手で直す。それを見て私も同じ位置についた寝癖を手で撫で付けてみたけれど、二人して同じタイミングでひょん、と上に飛び跳ねた。

  勢いで乗り込んだバスは、所謂(いわゆる)乗車率200%ってやつだ。乗り込む前に外から見た通り車内は人でごった返していて、私と先輩もかろうじて扉付近のステップに立ってはいるが、乗客が降りないとわかると停車駅には止まらず、運転手は「次のバスをご利用ください」のアナウンスを繰り返している。


「…ど、どうして先輩が?」

「寝坊したんだよ」

「朝強そうなのに」

「いや年1くらいでやるんだよな…」


 でもオズちゃんと巡り会えたからウィンウィンで♡ とかニコニコしてる先輩は相変わらず調子がいい。てかあほだ。私にはデメリットしかないんだが。

 その瞬間車体が揺れ、何かのアトラクションのようにどっと人の波が押し寄せる。突如私の真横のポールにサラリーマンの手が伸びてきて、びくっと体が跳ねた。