「———じゃ、前やった確認テストを返却するぞー、まず、安斎」


 名前を呼ばれて、席を立つと答案用紙を受け取る。英語の確認試験は前の授業で行ったものだ。
 さすが、とか呟く英語教諭に形だけ愛想をくれて、答案を受け取る。点数も確認しないで席に着くと、テスト返却に一喜一憂するクラスメイト達の顔を何気なく見ていた。

「はい次、藤堂———」

 五感の上手い塞ぎ方があればいいのに。いつから、自分が呼ばれるより彼の名前に反応するようになったんだろう。目を閉じ、耳に手を当てる。

 不意に目を開くと、目の前に彼がいた。

「………なに」

「何点」

「…英語。あたしの得意分野。勝ったらなんか奢ってくれるわけ」

「勝ってから物を言え」

 せーの。

 答案をひっくり返す。あたしの点数、96点。
 藤堂は——————98点。


「言ったろ、いつもお前の前にいるって」

「…」

「よそ見すんなバーカ」


 それは、小津凛花に目移りをしたあたしの不注意を嘆くようにも聞こえた。考えすぎかもしれない。でもそうかもしれない。口をへの字にして、真顔で前に佇む藤堂を下から見上げる。


「………次は絶対勝つ」

「やれるもんならやってみろーい」

「あんたの苦手な文系で」

「あっ! おま、それは卑怯だぞ!」


 あたしの憧れは、いつもあたしの前にいて、届きそうで届かない。前を走っているくせに、彼はそれでもこんなどうしようもないあたしを、ちゃんと見ていてくれるから。



「すごいじゃん、藤堂」



 あたしは、笑った。