「どうした?」

 バレないように横目で先輩を見ていたのに、あっさりと気付てしまった。それまで私が履いていたスリッパを重ねて振り向く先輩に、私は、少し顎を引いてジト目をくれる。
 
「…なんで、あんな無茶したの」

「無茶とは」

「キッ…、、ス、とか!」

「いっひー(ども)ってやんのウケる」


 口を尖らせて指を指す先輩に、いよいよ手、ならぬ足が出た。私に蹴飛ばされた先輩は派手にすっ転ぶ。

「いてえな!?」

「何もあそこまですることなかった! 誰かを護るって自分を蔑ろにすることじゃない! ましてや私なんかのためにっ…」


 自分は、誰かのために自分を投げ打てただろうか。もし逆の状況に立ったとき、私は彼と同じことをして助けてあげられただろうか。


 私にその勇気はきっとない。正しかったのかもわからない。だってあのとき見かけた安斎先輩と藤堂先輩はお似合いで、私は結果として彼を助けたけれど、彼女を傷付けたのかもしれない。

 何様だとも思う。安斎先輩にされたことは許せないし、今こうして彼女を思えるのはきっと先輩がここにいるからだ。ひとりだったら歪んでた。もとより歪んだ心がきっと、もっと凄まじい速度でそっぽを向いて、二度と割れない殻の中に閉じこもっていた。

 そう思うと頭がこんがらがって、行き着く先はどうしようもない自分への嫌いだ、という感情ばかりで、それを上手く伝えられない自分がもどかしかった。

 感情は形では勝手に込み上げてくるのに、言葉は頭を介さないと出てこない。なんて皮肉なんだ、と涙をぐっと堪えて吐き出した呼吸は、震えるばかりで。


「…不釣り合いですよ、先輩の隣にいるのが私なんかじゃ、」

「どこに四六時中他人との相性考えて毎日過ごす人間がいんだよ」

「…」

「人間、違う見解があるからひとりじゃ見えないものに気がつけるんだろ。はぁ? って思うことほど新発見だ。視野を広げる可能性がある。自分にないから頭を抱える。有愛希だってそうだったはずだ」

「…逆上されたけど?」

「的を射てるとこつかれると腹立つんだよ、人間は」

 曖昧に小首を傾げる私に、またいつかな、と彼は未来に理解を(たく)した。見果てぬ先を見据えた瞳は澄んだ焦げ茶色で、そこに映った自分の姿を見てやっと彼と目を合わせてるんだと気がついた。