————————————スパコーン。


 グラウンドでよく聞く、ホームランの音とは程遠いその音は…例えばこんな時に鳴る。
 ひとが通学路にいる野良猫のザラに癒されて上機嫌登校した矢先に、なんてもの見せてくれんだこの野郎。それも知らないひとなら良かったのに知人だったのが運の尽き。

—————私がとっさにぶん投げた“スリッパ”は絶妙なコントロールのもと、先輩のこめかみに命中し

 ぼてっと地面に落下した。

 突然の出来事にすかさず体を離すと、二人は振り向き、先輩は間抜けな顔で目をぱちくりさせている。

「…オズ、」

「そっ!」

「そ?」

「—————その唇っ、予約してるの私なんで…!!」


 仁王立ちで、先輩を指差して叫んでからはっとする。

 何、この少女漫画のヒロイン気取りな決め台詞。恥ずかしい、恥ずかしすぎる。遅れて込み上げてくる羞恥心に真っ赤になって、逃げ出したい衝動に駆られていると、そんな私をじっと見ていた先輩がぶはっと噴き出した。

「あは、そうだった。ごめんごめん、てことで有愛希、悪いんだけど取り引きなら他の何かにしてくれる?」

 ケロッとした顔で先輩が安斎有愛希に振り向くと、丁度朝のSHRの予鈴が鳴り響く。その音を聞くなり彼女は軽く笑って目を伏せた。


「…冗談。あたしが藤堂にキスなんかせがむ訳ないじゃない。何真に受けてんの気持ち悪い」

「おい」

「教員用昇降口」

 身を乗り出す先輩、そして身動ぎ1つ取れない私。彼女ははっきりと言ってのける。

「あの子の担任の下駄箱、その下の空箱に上履き。入ってるわよ
 灯台下暗しってね、言ったでしょ?探し物は案外近くにあるって」


 チャイムの音に吸い込まれるように、彼女は言うなり歩き出す。

 みっともなく何とも言えないポーズで硬直(かたま)る私の隣をすり抜けると、安斎有愛希はいつも通り姿勢を正し、

 顔を上げて校舎に戻っていった。


 ☁︎


「はいどうぞ、お姫様」

 休み時間、安斎有愛希の言う通り教員用昇降口の空箱から私の上履きを見つけた先輩は、ベンチに座る私に(ひざまず)いて上履きを差し出した。

「………お姫様はやめてください」

「何なら履かせようか」

「蹴りますよ」

「ですよねー」


 知ってる、とか言う割に真横に座ろうとするんだから、油断も隙もあったもんじゃない。さりげなく腰を浮かせ、ベンチの端に移動する。

 久しぶりの上履きに足を通し、パタパタと両足を動かすと、その履き心地の良さに改めて感動した。おお、愛しの上履きよ。やっと呪いの装備から解けた私は今なら、どこまでも駆けて行けそうな気がした。