勉強も、家族も、好きな人のことも。

 こんな気持ちじゃいつまで経っても向き合えないのに、逃げてばかりいて。行き場のない思いをぶつけた末に、結局一番知られたくない彼に知られたことが、

 あたしは堪らなかったのだ。


「藤堂は卑怯だよ」


 いっそ最低、糞だなって、罵ってくれた方がマシだった。中途半端に優しくされても困る。だってそれじゃ、前に踏み出せないあたしだけがいつまでも。

「…救いようのない極悪人みたいじゃん」

 でも、もういい。

「それならお望み通りどこまでも堕ちてやる」

「有愛、」

「キスして」

「え、」

 未だに跪く藤堂の目の前まで歩み寄り、彼のネクタイを引っ張る。目を見張る彼を見降ろして、もうこの手にも迷いはない。

「藤堂があたしにキスしてくれたら、もうあの子に手は出さない」

「…」

「これは取り引きだよ」


 なんて、まぁそんなの無理か。そう思って、ネクタイからするりと手を離す。直後だった。突如立ち上がった藤堂に引き寄せられ、ぶつかる寸前のところでぴたと固まる。
 目を見開く私に対して、視線を伏せたその瞳が、至近距離に近付いた顔が壮絶に色っぽい。


「…本当だな」

 息のかかる距離で問われて、もう頭がうまく回らない。切ない選択をした。自分で自分を苦しめた。あたしはあたしの価値を、自分で放棄してまで。何の罪もない彼に、

 それでも(すが)っていた。

 目を合わせたまま小さく頷き、そっと腕を回す。やがて顔を傾ける彼を見ると、静かに目を閉じた。