「有愛希」


 いつも通りの朝休みの教室。自分の席で頬杖をついて外を眺めていると、机の端をそいつがコンコン、とノックした。

「顔貸せよ」







 藤堂にタイマンを張られる日が来るなんて、意外や意外。なんてね。そうするように仕向けたのはあたしなのに、いざこうなって見ると人並みに怖気付くことも出来ない自分に正直、引いた。

 連れられるがままに辿り着いたのは、特別棟の裏庭だ。焼却炉なんかがあるそこは朝でも建物の日陰になって、文字どおり日当たりが悪く、上履きで踏んだ地面は湿気を含んで体重をかけると少し、沈む。


「何、説教でもするわけ」

「…」

「そんな怖い顔しないでよ。わかってるって…煮るなり焼くなり、好きにすればいいじゃん
 あ、でも顔はやめた方がいいかも。担任にバレたら後々面倒、」

「有愛希に頼みがある」


 突然だった。私の言葉を遮った藤堂は、その場に跪いた。湿気を含んだ地面に、何の抵抗もなく。そして、たじろぎ、腕組みを解く私を真っ直ぐ。淀みない眼差しで見据えたまま、額を地べたに降ろ———

「やめて!!」
 条件反射だった。普段叫ばない声は裏返って、はっとして口に手を置く。頭おかしい。何考えてんの。こんな湿気を含んだ、汚い地面に。制服で、加害者のあたしに向かって、何で藤堂が、あんたの、

 藤堂のそんな姿見たくない。


「なんで…? なんでよ!? 土下座するほどあの娘が大事!?」

「約束したんだ」

「!」

「俺は彼女を救いたい」


 跪いたまま、真っ直ぐな瞳に射抜かれる。なんだそれ。意味不明。爪が手のひらに刺さるくらい拳を握り締めて、奥歯を噛む。血の味がする。知ったことか。

「なのに何でお前はそんなにあの子を嫌うんだ」

「……るさい」

「言葉を選べない節はある。それでお前の気を逆撫でしたのなら謝る、だけど言われて気が付いたんじゃないのか? 間違ってるって、自分の行いが正当じゃないって、あの子に言われてわかったからお前は、」

「うるさい!!」

 耳を塞ぐ。目を閉じる。

「正解なんてどうだっていいっ…」


 人間の体は不思議だ。本当のことを言うと、涙が溢れる。
 そうだ、知ってた。何故あの子が気に食わないのか。図星だったからだ。言われた言葉が。見透かされていたからだ、誰にも負けたくなくて、それでもどうにもならない自分に、


 私自身がうんざりしていることを。