「…何やってんのお前ら」
不思議なくらい、静かだった。トイレは人で溢れているのに、落ち着いた先輩がその場にいた全員に一瞥をくれると、彼女たちは青い顔で硬直する。それは安斎有愛希も例外ではなく、先輩を背に床の一点を見つめたままだ。
司令塔が使い物にならなくなった今、親衛隊の一同はお互い顔を見合わせ目で会話をしている。その中で意見がまとまったのか、一人がまたゆるゆると口を開いた。
「ち、違うの藤堂…これは」
「あ、因みに弁解なら不要だよ。申し訳ないけど一部始終ちゃっかりおれのスマホの中」
女子トイレの入り口から続けてひょこっと顔を出したのは、先輩の親友の、江坂智也だ。彼は顔の横に自身のスマホを掲げると、録画停止ボタンを押す。
その背後には安斎有愛希の指示を待っていたらしい、先ほど私を追いかけてきた男子数人が証拠を握られて突っ立っていて———
そこで、先輩とはじめて目があった。
「オズちゃん、本来ならヒーローっぽく手を引いて掻っ攫いたいとこだけど無理だから聞くけどさ
俺の服の裾とこの箒の柄だったら、どっち持つ方がまだマシ?」
「…え、」
彼は、真面目に問うている。洒落じゃない。わかってる。凍てついた空気の中。全員が私を見て、そして私は提示された2つを交互に見た。
「…どっちも嫌だ」
じわ、と滲み出る涙をなんとか押し殺す。
「男の人なんか大っ嫌い…———きもちわるいっ…」
気持ちとは裏腹にこみ上げてくる涙が不本意で、ムカついて、悔しくて仕方ない。これじゃ負けを認めるみたいだ。だから堪えようとしたら、もっと嗚咽が漏れた。
「おいで」
静かな声がする。それでいて先ほどとは比べ物にならないその声が、私を優しく呼ぶから。小さい子のように、私は泣きじゃくったまま、声に煽られて歩き出す。
「………藤堂」
「ちょっと二人にしてくれる」
「動画は?」
「智也の良心に任せる」
「じゃ、参考までに。お前今どれくらい怒ってる?10段階評価で」
トイレの入り口で、江坂智也が先輩に問う。先輩はその場にいた全員を改めてぐるりと見回して、それからやんわりと微笑んだ。
「10」