薄ら寒さが背筋を通り抜け、俯いたまま小刻みに震える手を握り締める。膝が笑い、いよいよしゃがみ込んだ、
その瞬間。
「男性恐怖症って本当だったんだ」
トイレの個室の扉が勢い良く開かれ、突然の音に飛び上がる。バタンバタン、と次々に扉が開き、あっという間にぞろぞろと現れた女子生徒数人が私を取り囲む。
そして、私は。乱れた髪の合間から、取り巻きの先頭に立つ長駆の黒髪を見て———目を見開いた。
「ま、冗談だったらタダじゃおかなかったけど」
「…安斎有愛希…」
呼び捨てかよ、そう取り巻きの1人が声をあげ、私はごくりと唾を飲む。
「ごめんねー、ちょっとやり方荒っぽかったよね。でもこうでもしなきゃ、人の本音ってわかんないからさぁ。でもお陰であんたが嘘付いてないってことわかって良かったじゃん、ねぇ?」
長い黒髪をかき上げて 、安斎有愛希は周りの親衛隊一味に共感を求める。だよね、うんうん、などと適当に笑ってから、スッと真顔に戻った。
「でもだからって藤堂を選ぶ理由にはなんないよ」
気付けば、安斎有愛希が緑のホースを私に向けて握っていた。床でとぐろを巻く長いホースの根元を目で追い、蛇口に辿り着いた所で、女子生徒が私に微笑み。
思いっきり蛇口を捻った。
突如放たれる冷たい衝撃に、足を滑らせて転ぶ。普段なら踏ん張れたかもしれない。でも今の私は弱点をつかれて弱っているのに加え、呪われた装備のスリッパだった。
親衛隊一同の甲高い笑い声の中、水は執拗に浴びせかけられた。その間ずっと息が出来ずに、水が止まり、久しぶりの呼吸に噎せ返る。
「…げほっ、ごほっ、な、何す」
「あんたが悪いのよ」
あんたが忠告しても聞かないから。俯きがちに言う彼女の顔は、座り込んでいる私からだと逆によく見える。
そこで、気が付いた。
「………何よ、その目」
「可哀想」
「…は?」