「ねー、見た?食堂」

「見た見た。あの1年、江坂とまで仲良くなってんの。つか1年のくせに食堂使うなよ」

「わかる、まぁ有愛希が弁当箱ひっくり返したから無理ないにしてもねー。菓子パンでも買って便所ででも食ってろっつーの」

「やばい、その絵ヅラ超似合いそう!」


 教室の片隅から届く無骨で不躾で汚らしい笑い声は、胎の奥底を渦巻くどす黒い(わだかま)りを増幅させるばかりだ。

 見て見ぬふりをしてもいる。ここだ、ここにいるぞと、あたしの姿をした影が遠くでせせら笑っている。


「つーかマジ男性恐怖症とか嘘だろ」

「それな、じゃあなんでわざわざ藤堂選んだのって話」

「口実じゃん?せっかくだったらイケメンがい~、みたいな」

「死ね」


「ね、有愛希。アイツどーすんの」


 吐き気を押し殺して顔を上げた先に、遠くで(わら)っていたあたしはもういない。代わりに、午後の授業開始に備えてぞろぞろと教室に戻ってきた男子生徒を目で追う。

 それはあたしがよくする、絶好の自分の殺し方。


「…確かめてみよっか」


 ☁︎


「小津、お前掃除当番か?」

「いや、違います」

 帰りのSHRが終わり、教室からは堰を切ったようにどっと生徒の波が溢れ出す。例によって廊下が空くのを待つため教室の片隅でぼーっとしていると、声をかけてきた担任に即答した。
 

「何だ、じゃあとっとと帰れ。掃除の邪魔だ」


  目も合わさずに言う私の態度が気に食わなかったのか、顎で指図する担任。こっちだって初めからそれが出来たら苦労しない。男子を含んだ人混みを突破出来ないから今こうして時間を潰しているというのに、入学して1ヶ月が経ってもなお、担任がその事情をわかってないってどうなんだ。

 渋々学生鞄を肩に提げ、教室を後にする。少し時間を置いたから、人混みもラッシュ時よりはまだマシだった。少し神経質になり過ぎてたかな、なんて気分よく階段を降りていた時だ。