迂闊だった。

 自分の行動を、今日ほど後悔したのはいつぶりだろうか。もっと早く寝ておけば、お母さんの言うこときいとけば。思い返せば浮かぶそんな些細な後悔たちは、たった今直面している状況においてまるで比にもならなくて、ぎう、と下唇を噛み締める。

 そんな時ですら諸悪の根源である“大好きなバンドの新譜”を庇う自分がバカだとも思う。


「ねー、きみさっきから黙ってっけど人の話聞いてんのー」

「どこ行くの〜? って聞いてんだけど」


 生まれて初めて遭遇したナンパは、私の前方不注意から生まれた。CDショップの出入口、出会い頭にぶつかった大学生は一度顔をしかめたくせして何故かそれで終わらなかったのだ。
 肩が触れた瞬間、死んだと思った。事は急を要している。直ちに逃げようとした目論見すら見越されて、あれよあれよと追い詰められてしまった今。

 せめてもの抵抗できっ、と強気で見たらは、と鼻で笑われた。


「えー、めっちゃ睨んでくんだけど」

「警戒心ハンパねー。まぁ嫌がられると逆にそそるけど」

「出たー! 佐川のS発言」

「怖くない怖くない。ね、名前なんていうの? 一緒に遊ぼうよ」


 店のショーケースを背にした私は鞄を抱きしめたままふるふると左右に首を振る。それが最後のサインだったのに、私を追い詰めたナンパ男は後ろの二人を見てから僅かに口の端を引き上げた。


「ヤベーなこいつマジそそる。連れてくぞ」

「ワオ強引」

「でも承知ー」

「っ、やだ! 離して!」

「なに抵抗してんの? 往生際悪いな怖いことなんかしないって」