「こっぴどーくフラれたって聞きましたけど?」
「あー、うん。めちゃんこ打たれたぜエマちゃんに。痛かったわぁ」
三日間腫れ引かなかった、と頬をさすりながら言う先輩には自業自得だって思う。そしてあの一件からまた前みたいに全部を清算した先輩の女性遍歴の中にはきっと、奈緒子さんもいた。
「まぁでもスッキリしたよ。ずっと引いてた尾もようやく断ち切れたしな、若干傷心だけど」
「…慰めて差し上げても構いませんが?」
腰に手を添えて得意げに言ってみせると、先輩は目を丸くする。そしてぷっと噴き出したのにつられて、私もくすくすと口に両手を添えた。
やがてふと、なんの前触れもなく彼の視線に囚われる。微笑んだ先輩が、柵にもたれたまま。そこに、確かにいる。
だめだ泣くな。気を緩めばすぐさま溢れてしまいそうな涙に、ぎゅっと口を閉じる。それがよっぽど可笑しかったのか、そんな私を先輩は慈しむみたいに、笑った。
「———さてと。んじゃそろそろ種明かしといきますか」
「えっ?」
「小津凛花と、藤堂真澄の」
酷く落ち着いた声に目を丸くする。何が始まるのかわからないでいるのに屋上に吹く風は彼の味方をしたままで。怪訝ぶっていると、よそを向いていた先輩がす、と軽く息を吸った。
「…生まれてから一度だけ。死のうと思ったことがある」
息が止まった。
呼吸の仕方を忘れてやっと取り戻した酸素は、すうと脳に入って思考を巡らせる。
「暗くて。冷たくて。もう懲り懲りだこんなのって、逃げ出したくなった時。ある人に止められた。いや、止められたっつーか心中しそびれた。わかる?」
優しく投げかけられて、それでも意味がわからなかった。軽く顔を傾けて諭すような目をする先輩に、私は左右に首を振る。
「俺が人生のどん底にいた時、きみは俺に一緒に死のうって言ったんだ。
オズちゃんは覚えてないだろうけど」
「…い、いつの話!? 言ってないそんなこと」
「言ったんだなーそれが」
「仮にもし言ったとして! それってただの道連れじゃないですか!?」
「そうかもな。
でもあのときはそれもいいかって思ったんだ、行きずりで名前も知らないこの子と命捨てるのもいいかもなって」
儚げな瞳が瞬いて揺れたとき、粉々になった記憶の欠片が瞬間、ものすごい勢いで集積した。



