臆病を()ぎ払って剥き出しにした智也先輩の瞳が涙光を灯し、ぼろぼろの体を叱咤(しった)してまだ傷つけようと立ち向かう。

 もうやめてほしかった。泣きながらすがりつく私を振りほどいた彼は、マットに倒れこんだぼろぼろの藤堂先輩の胸ぐらを持ち上げる。目と鼻の先で眼光がぶつかり合う。


「…所詮お前は自分の身が可愛いんだよ」

「…ちがう」
「お前がおれを今日まで傍に置いたのはおれの前で優位に立ちたかったからだ」
「違う、」
「傷ついた人間救った気でいて本音は優越感に浸りたくて!! その道具におれを」


「あの日俺がお前を(かば)ったのは!!」


 言葉と同時に、先輩が智也先輩を押し倒す。
 乱れた髪から覗いた瞳とか細い声が、震えながらこぼれ落ちた。




「——————…おまえのことも、大切だったからだ」




 智也先輩の目尻から、一筋の光が落ちる。

 涙が溢れたのに一拍遅れて、強く握りしめられていた彼の手も、力無く床に落っこちた。

 視線を伏せたままゆらりと立ち上がる先輩は、そのまま体育館倉庫から出て行ってしまう。それを一度は目で追って、埃っぽいマットの上に仰向けになって取り残された彼に、私はぐっと振り向いた。


「…智也先輩に私が呼び名を貰った日。当時男性の目もまともに見れなかった私が、あなたの瞳だけはまっすぐに見れたんです。その意味が今ようやくわかりました」
「…」


「あんな風に誰かに優しく笑えるあなたの瞳を。
 絶対疑う日は来ないって、その時確信したからです」


 一礼をくれて、走り出す。その背中を呼び止める声はもう、なかった。



















 先輩。先輩、先輩、先輩。


 息を切らして探し回って、世界のそこかしこを見渡す。そして、その場所に行き着いた時息を止めた。

 乾いた喉はぐっと唾を飲み込んで潤して、その場所に踏み込む。